春暁に微睡む二人
朧影の月・王の日――(現暦:4月7日)
朝、目を覚ましたラムリーザは、いつものように自分の腕の中で寝ているソニアと目が合った。
朝の光は、帝都のそれより柔らかく、山の木々を透かして金色に揺れていた。
屋敷の窓を抜ける風は湿っていて、木の匂いと少しの鉄の味が混じっている。
見慣れぬ天井と見慣れた隣の寝顔。その組み合わせが、ラムリーザに「新しい日常」の始まりを告げていた。
「おはよう」「ああ、おはよう」
ベッドの中でお互い目を覚ましていることに気づき、挨拶を交わす。
あの告白の日から何日経ったことか。何とも言えないところではあるが、あの日以来二人は同じベッドで寝ることが普通になってしまっていた。現在居住している屋敷でも同じ部屋で生活していて、率直に言えば同棲状態だった。
そもそも生まれたときから同じ屋敷に住んでいた二人であり、今さらという気持ちもあって、一緒に住むことに全く抵抗はないのだ。そして、恋人同士の関係になったことにより、同じ部屋で生活するのが自然となってしまった。

起き上がろうとするラムリーザと、その彼の腕をつかんで起こさせまいとするソニア。彼女の目は、まだ一緒に布団の中にいたいとでも言いたそうにしている。
「もう起きなくちゃダメだろ。今日から学校始まるんだからな」
そう言って、ラムリーザはソニアがつかんでいた腕を振り払って、ベッドから立ち上がった。
不満げに見てくるソニアの目を無視して、ラムリーザは制服に着替える。
「んむー……」
ソニアは拗ねてみせるが、一人でベッドにいてもつまらないので、しぶしぶ起き上がってのそのそと着替え始める。
ラムリーザが着替え終わって振り返った時、ソニアはベッドに腰掛けていて、まだブラウスを着ている途中だった。まだボタンが二つ留まっていない。いや……胸が大きすぎてその二つは留まらないのがいつものことだから、正確に言えばブラウスは着終わっていた。
そして、大きな胸がこぼれないように、そしてブラがはみ出ないように整えているところだった。ハーフカップのブラに変えていたので、なんとかギリギリはみ出ないようにすることができたようである。
だがあまり引っ張ると、三番目のボタンが飛んでしまいそうになるので、慎重に調整している。
ラムリーザは胸の辺りをゴソゴソしているソニアの隣に座り、肩を抱き寄せた。
「なぁに?」
突然の行動にびっくりするソニア。
「制服に着替えているソニアも可愛いなあ」
試着した日以来の制服である。ソニアは普段着が残念なので、制服を着てくれたほうがずっと可愛い。世間的にはマシになった程度と言われるかもしれないが、ラムリーザにとっては十分であった。
抱かれていた状態を振りほどいてソニアは立ち上がり、緑色のミニスカートに足を通す。
ラムリーザは、ミニスカートの裾から伸びる、ソニアの健康的な、むっちりとした太ももが好きだった。そして、じっと見つめているのだ。
ソニアはその視線に気がつき、緑色の上着を手に取って再びラムリーザの隣へ腰掛ける。そして自分の足をラムリーザの足の上に投げ出して言った。
「おなめ」
「アホか」
なめてもらう代わりに、太ももを揉まれてしまうソニアであった。
「さあ、着替え終わったわ。朝ごはん朝ごはん」
上着を着終わったソニアは、再び立ち上がって部屋の出口に向かおうとする。
そのソニアにラムリーザは冷静な口調で言った。
「待て、まだ裸足じゃないか」
「ちっ、ばれたか」
「ばれたか、じゃない。僕をごまかしても、後で風紀委員に見つかって怒られるのは君だぞ……ってか、そんなのでよく風紀監査委員になろうと考えたな」
昨日行われた入学式の後、掲示板で部活などの勧誘ビラが貼られていた中に、風紀監査委員の募集も張り出されていたのをラムリーザは覚えていた。
「むう……」
ラムリーザの正論に押されて、ソニアは仕方なく靴下を手に取って、再びベッドに座る。
先日試着したときはとりあえず納得したようだが、こうしてみるとそうではなかったことがわかる。
ソニアは素足や裸足でいることを好んでいて、靴下が苦手だ。その上、制服の靴下が太ももの半ばまで到達するもの、いわゆるサイハイソックスという点に苦手意識が拍車をかけていた。
「なんでこんなの履かなくちゃダメなんだろう」
足に少し通しては引っ張り上げ、また少し通しては引っ張り上げ、初めて履くものなのでぎこちない。
「あれだろ、保温機能がどうとかこうとか、それ履かないと露出が多すぎるからだろ」
「別に露出多くてもいいのになぁ……」
「そう思うのは君くらい……ってわけではないと思うけど、みんながみんな足を出したいってわけじゃないんだぞ、たぶん」
「だったらラムも全裸でコート着たらいいのに!」
「なんでそうなる……」
ソニアは文句を言いながらも、一応一通り着替えは終わったので、ラムリーザは「これでよし」と立ち上がり食堂へと向かっていった。ソニアも後を追って部屋から出ていく。
ラムリーザたちが寄宿舎として使っているこの屋敷は、ラムリーザの親戚の家であり、朝晩の食事はそこに住み込んでいる料理人が用意してくれている。
この二人はこれまでの人生で料理人の作った料理しか食べてこなかったので、自分で用意するということができないのだ。その意味では、この屋敷の環境は二人にとって非常に都合がよかった。
帝都にいた頃と何も変わらないようで、どこか違う。
ソニアの声が、この屋敷の広い部屋にまだ馴染みきっていない。その少しの違和感が、ラムリーザには心地よかった。
変わっていく世界の中で、変わらない彼女が隣にいる――それだけで十分だった。
「そういえばソニア」
朝食を食べながら雑談が始まった。
「セディーナ先輩には嫉妬しないんだな」
「えっ? 何であたしが嫉妬するの?」
「こないだ駅ですれ違った二人組には、すごく嫉妬していたみたいだが」
「そ、それはラムが綺麗な人って言うから!」
「そんなこと言ったっけ?」
「言った!」
そう言ってソニアはビシッとフォークを突き出してきた。先には卵焼きが突き刺さっている。ラムリーザは、目の前に卵焼きを差し出された形になったので、「ありがと」と言っていただくことにした。
「あっ、食べた!」
「ん? 突き出してきたからくれるのかと思ったけど。ほら、あーんとかいうやつだね」
「そんなことしてないよ!」
ソニアは突き出したフォークで、ラムリーザの皿に残っていた卵焼きを奪い取っていった。再び自分の皿に目をやると、さっきよりもテーブルの中央に寄っていることに気がつき、また非難の声を浴びせかけてくる。
「ラムのいじわる、今度は皿ごと奪おうとするなんて!」
「自分のおっぱいで押し込んでおきながら、人のせいにするな」
「えっ?」とソニアは驚いて、胸を押さえて恥ずかしそうに俯いた。
先ほどラムリーザの皿から卵焼きを奪うために、身体をテーブルの上に乗り出した際に、ソニアの大きな胸がテーブルの上の皿に当たって押し出されたのだ。
「おっぱいと合わせて、腕が四本あるみたいで便利だね」
「そ、そんなことはどうでもいいよ。それよりも何ていうのかなー、部長も綺麗な人だったけど、駅ですれ違った二人は……見た瞬間不安になったんだ」
フォークに刺さった卵焼きを眺めながらソニアはつぶやく。
「確かに油断したらフラッと持っていかれるかもな」
「あの二人、アイドルとか女優とかなのかなー? ……って、持っていかれないでよ!」
「ま、何はともあれ、僕はソニアが一番だから心配するな」
「わぁ、ありがと」
朝食を終え、二人は登校するために屋敷を出た。屋敷は学校のある町内にあり、それほど離れていない。十五分もあれば到着できるほどの距離である。
「昨日は入学式の後、すぐに解散になったから教室に入るのは今日が初めてね」
「同じクラスになったのはよかったな」
「最初だから名前順かぁ。ソニアとラムだから席は離れちゃってるね」と、残念そうなソニア。
最初ということもあって、席は廊下側から出席番号順に名札が置かれているようだ。そこでラムリーザは、後ろから二番目の席に自分の名前を見つけ、持っていた鞄をそこに置いた。
「よう、ラムリーザだったかな?」
そのときラムリーザは、後ろにいた男子生徒に声をかけられた。
「ん? お、リゲルじゃないか」
そう、先日のパーティーで出会ったリゲルがそこにいたのだ。しかしその笑みには、親しさというより「観察する者」の静けさがあった。
「奇遇だな、こうしてまた会うとは」
口調は穏やかだったが、声の奥に金属のような硬さが混じっている。
リゲルは内心ニヤリと笑い、「これは都合がいい」と思った。彼は権力者の息子というためか少しばかり選民意識があるような感じで、上流階級の者以外とはあまり付き合わないようにしているのだった。その点、ラムリーザは彼にとって都合のいい相手でもあったわけだ。
「改めてよろしく」と言い、手を差し出してくるリゲル。
リゲルは軽く笑いながらも、握手を求めるその動作が、どこか形式的で貴族のそれだった。
その違和感を、ラムリーザはまだ知らない。
その代わりに意外と気さくだったんだな、と思う。実際のところはラムリーザに対しての態度が特別なわけなのだが、ラムリーザには知る由もなかった。
「こちらこそよろしく」

ラムリーザも手を伸ばし、リゲルと握手を交わした。
握手を交わす瞬間、リゲルの掌が思ったよりも冷たく、その体温の差がふたりの立場の違いを象徴しているように思えた。
だが、この出会いが後に、彼らの運命を繋ぐ最初の糸になることを、そのときのラムリーザはまだ知らなかった。
教室の窓の外では、春の風がイジュの花びらを運び、陽光の粒が机の上で揺れていた。
ソニアは教室の真ん中辺りの席に腰を下ろし、ラムリーザとリゲルのやり取りをぼんやりと見つめる。笑いながら言葉を交わす恋人の姿は、見慣れているはずなのになぜか少し遠くに感じられた。
「もう友達作ってる……」
彼女は小さく呟いた。
新しい教室の空気に、白い光が差し込んでいた。机の木目が光を反射して、まぶしいほどに新しい。
彼女は笑顔を作ろうとしたが、胸の奥が少しきゅっとした。
誰かが窓を開け、教室を通り抜けた風がスカートの裾を揺らす。それは、新しい生活の始まりを告げる合図のようでもあった。