フォレストピアメモリーズ

 
 
 フォレストピア――。

 エルドラード帝国最西端に位置する、帝国で一番新しい街。

 

 西の隣国ユライカナンとの国交の要としてつくられたこの街は、今ではいたるところでユライカナン由来の文化が取り入れられている。

 最初は何もない草原だった。

 まず帝国内の鉄道が敷設され、拠点となる倉庫が建てられた。その後、隣国へとつながる鉄道も延伸し、人々は異国の文化を楽しみつつ、街は発展していった。

 この街を大きくしていった中心人物は、ラムリーザ・シャリラン・フォレスターという若者だ。彼は帝国宰相の息子で、街を発展させるのに十分な権力を持ち、いろいろと試行錯誤しながら仲間と共にフォレストピアを築いていった。

 ラムリーザは仲間と一緒に街を創り、ときには笑い、ときには悩み、しかしいつも仲間に囲まれていた。

 そして今も、その仲間たちは、この街のどこかで自分たちの物語を奏でている。

 

 

 帝国歴84年4月――

 

 夜のフォレストピアの一角から、低く響くベース音とリズムが路地を抜けて漂ってきた。

 その音の源は、フォレストピア唯一のナイトクラブ『フォレストピア・ナイト・フィーバー』。扉を開ければ、熱気とざわめきの中で、ベースの低音とドラムのビートが混ざり合い、客たちの胸を打っている。

 今夜も宴が始まり、その主役はバンド『ラムリーズ』だった。これもまた、ラムリーザが仲間と共に作り上げたものだ。

 昔から続くその名は変わらないが、編成は少し違っていた。

 現在の編成での主役は、妖艶なる黒髪の美女。その力強い歌唱力と美貌でフォレストピアでも非常に人気が高い。

 だが今日はリードギターではなくベースを抱えている。指先は迷いなく弦を押さえていたが、その音色にはどこか別人の影が宿っていた。

 ドラムを叩くのは、彼女の相棒である青髪の青年。このクラブの支配人でもある。

 彼は普段、クラブの経営が主なのだが、ラムリーズの演奏のときだけこうしてドラムを叩いている。

 静かな眼差しでドラムを叩きながら、時折視線を彼女に送る。その視線には、観客には届かない合図のようなものがあった。

 彼の足元には、深い緑色のドラムセット。バスドラムの側面には、かすれかけた文字でイニシャルが記されている。

 かつてこのステージでリズムを刻んだ、前任のドラマー――ラムリーザのものだ。

「領主様の音とはまた違うな」

 客席の隅で、常連らしき男がぽつりとつぶやく。隣の客は何も返さず、ただグラスを傾けた。

 黒髪の美女は、一瞬だけ視線をステージ奥に流す。その瞳の奥に、遠くを懐かしむ色が差す。

 だが次の瞬間、表情は柔らかく変わり、彼女はマイクへと唇を寄せた。

「――今夜は、あの曲から始めましょう」
 

 
 ベースラインが響き、照明が少し落ちる。観客のざわめきが波のように引いていき、歌が流れ出す。

 そのメロディの奥で、古びたスティックがドラムセット脇のスタンドに立てかけられていた。誰のものか、今この場で説明する者はいない。

 今夜の一曲目は、新しく作られた歌――『メモリーズ』。

 妖艶なる黒髪の美女は、ベースギターを奏でながら歌い始めた。

 

 

ねえ、覚えているかしら?

あなたとはいつもぶつかり合っていた

胸も声も不必要に大きなあなたは

ずっと私のライバルだった

 

あなたはベースなのだから でしゃばらないでほしいわ

裏方に回って黙々と弾いていればいいのよ

二枚看板なんて必要ない 私一人で十分

ずっとそう思っていた……

 

でも今あなたがいなくなって気がついた

一人じゃ寂しいと ようやく気がついた

ねえ、もう一度二人で歌わないかしら?

思い出だけにはしたくない……

 

 

ねえ、覚えているかしら?

あなたはいつも私を支えてくれた

穏やかで優しいあなたは

いつも私の心の支えだった

 

あなたがいろいろと尽くしてくれたから

私は一人でやっていけるようになった

自信を持てるようになったのよ すごいでしょ?

 

でも思い出だけにはしたくない……

いつまでも見守っていてほしい

 

あなたたちには やらなければならないことがたくさんある

でも、たまには私のわがままも聞いて欲しいな

いつでもいいのよ、私のところに戻ってきて

 

思い出だけにしたくないから、また一緒に……

 

 

 ナイトクラブに綺麗な歌声が響き渡る。その歌声は、ラムリーズ結成から七年、変わることなく人々を魅了してきた。

 しかし、今の編成になってからの月日は、まだ浅い。

 歌い終わったとき、観客が気がついた。

「あれ、歌姫が泣いてる?」

 妖艶なる黒髪の美女の瞳から、一滴の涙がこぼれ落ちる。

 歌姫は慌てて相棒のドラマーのいるほうへ身を翻し、観客に背を向けた。

 ステージの奥、ライトの当たらない隅には、空のギタースタンドと、使われていないマイクが置かれている。そこは今夜も空席のままだった。

 

 

 フォレストピア――ラムリーザによって創られた街。

 今では帝国有数の都市へと発展している。

 

 この物語は、フォレストピアの創造から発展に至るまでの記録である。

 未来の領主、そしてのちに辺境伯となるラムリーザと共に、この街の成長を見ていこう。

 時は六年ほどさかのぼる――。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若