TRPG第四弾「サーカス団」~前編~ 銀の指輪と呼び声
芽吹の月・学匠の日――(現暦換算:三月六日)
今日はいつものメンバーが部室に集まって、もう何度目になるかもわからないテーブルトークゲームを始めていた。
ゲームマスターはユコ、おそらく、これがユコの最後のゲームマスター回になるだろう。
「それでは始めますわ。とりあえず好きな場所にいることにしてください。それぞれの居場所を報告してくださいまし」
ユコの語りかけで、物語は始まった。
「あたしはお城にいる。皇帝陛下と重要な会議で、一対一の密談中」
いきなりソニアが、国の重要人物と化してしまった。
「なんやそれ。んじゃ僕は――」
ラムリーザの居場所報告を、さらりとリリスが妨害する。
「私はラムリーザと一緒に、宝石店で買い物中。ねぇラムリーザ、この真珠の首飾りを買ってくれないかしら」
「むっ! あたしは宝石店でバイト中! 無理だね~、根暗吸血鬼に売る宝石はね~な~」
いきなりソニアを煽るリリスに、自分の居場所をコロコロ変えるソニア。突っ込みどころは山ほどあるが、ラムリーザは面倒になって放置することにした。
「……はいはい、そこは演出上アリにしますわ。今回の世界は、そういう『ゆるい世界』ですの。それで三人は宝石店ですのね、リゲルさんは?」
「酒場でまったりとしている、『ギルドでも作るか……』とつぶやきながら」
リゲルは普段の言動からは想像しにくいが、一応シーフという扱いになっている。
「では私はその辺をお散歩中ということにします。いい天気ですねぇ、などと言いながら」
ロザリーンは物語に導入しやすいように、無難な行動をしていることにした。
「それじゃあロザリーンから始めますわ。いきなりだけど、敏捷度判定するよろし」
つくづくロザリーンは、このメンバーの中の数少ない良識派だ。ユコも簡単に物語を進めることができる。
ロザリーンは、ダイスを二つ転がした。
「あ、目が低い。じゃあロザリーンは、前から駆けて来た人と正面衝突ですの、どす~ん」
「あら危ない、えっと、大丈夫ですか? と言います」
「ロザリーンとぶつかったのは、フードを目深にかぶった少年ですの。『あ、ごめんなさい、急いでいたもんだから』と言ってます」
「『いいえ、こちらこそごめんなさい。怪我とかしてない?』と聞きます」
「少年は、ロザリーンの言葉が耳に入らないようで、『本当にごめんなさい、じゃ、僕はこれで……』と言い残して慌てて走り去っていきました」
「スリね」
リリスがつぶやく。先ほどからソニアが、リリスがラムリーザと一緒に買い物をしていると言ったことを咎めているが、リリスは全然聞いていない。
「少年が去った後、ロザリーンはポケットに違和感を感じましたわ」
「違和感ですか? ちょっとラムリーザさん、ソニアさんを黙らせてください、うるさくてマスターの話が聞きづらいです」
ロザリーンにたしなめられて、ラムリーザは仕方なくソニアの頭を抱え、自分の胸に押し付けて抱きしめ黙らせた。ソニアはまだ何か言っているが、むぐむぐと聞こえるだけで支障はなくなった。
「残念ながらその逆。盗られたのではなく、入れられていますの。ロザリーンのポケットに、何かがポトッと入った感じですの」
「スッたのはロザリーンね、さすがシーフの彼女」
ゲーム内でもリゲルとロザリーンが恋人設定なのかは分からないが、リリスは自分が悪党の生まれで自分もシーフ技能を持っていることは忘れているようだ。

「これは何ですか?」
「小さな銀の指輪ですね。飾りっけが少なくて、なんだか彫り込んでありますわ。彫り込みは浅いのに、指先に触れると妙に冷たい――そんな気がするぐらいですの」
「指輪?」と言って、ソニアは自分の左手の薬指にはまっている指輪をみんなに見せた。
とくにリリスに見せ付けながら、「エメラルドリングよ」と得意げに言う。
「その指輪、呪われているから。身につけていると、少しずつ少しずつおっぱいが際限なく膨らんでいくから」
しかしリリスは負けていない。
「むっ、それならちっぱいのリリスがつけたほうがいいねーっ!」
「Jカップ様にあやかりたいから、その指輪頂戴」
ソニアは手を差し出したリリスを見て、指輪を外しかけて「待てよ」と動きを止めた。
「騙されない! 指輪あげない!」
「外野うるさいですの、それではロザリーン以外の場面に行きますわ。町のメインストリートのほうが賑やかだよ」
「ラムリーザ、メインストリートが賑やかみたい。行ってみましょうよ。ソニアも早くお城から戻ってきなさいよ」
リリスは、まだラムリーザとデートしているつもりらしい。
「あたしとラムはお城にいるの。だからリリスは『空想の友人』とデートしているということで!」
「もうそれでいいから、僕は久々の大通りだと言って、メインストリートに出ます」
ラムリーザは、二人の行動はこの際スルーすることにして物語を進める。
「ブガブガドンドン、あ、これは鳴り物の音ね。え~、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 稀代のサーカス『モンストレスサーカス』は今夜開催だよ~!」
なんだかよくわからないが、ユコはノリノリだ。
「サーカス!? なんか知らないけど、面白そう!」
ソニアも城から飛び出てきたようだ。城の中まで、町のメインストリートで鳴っている鳴り物の音が聞こえるのかどうかは不明だが、物語の進行上これでよい。
「私もメインストリートのほうに行ってもいいのですか? あと、指輪について調べたいのですが」
ロザリーンが尋ねると、ユコは「いいですの」と答え、「あ、リゲルさんも出てきて下さいね」と付け加えた。
「指輪について調べるなら、セージ技能があるなら知力ロール。技能がないならもちろん平目ですわ」
ダイスをコロコロと転がす横で、リゲルはラムリーザの耳元でつぶやいた。
「おい、サーカスと言えば、ファンハウスだぞ」
「ファンハウス? 確かこの地方最東端にあるアミティヴィルの遊園地だっけ?」
「それもある。ただしそのサーカス団の立ち寄る場所のお化け屋敷には、奇怪な顔をした男がその顔をマスクで隠して客引きをやっているらしい」
「なんやそれ、気味が悪いなぁ」
リゲルは、ニヤリと笑って付け加えた。
「別名、惨劇の館と呼ばれているぞ。それか、奇形を集めた怪物園とか――」
「外野うるさいですの! 惨劇なんてありません! あ、その目だと、彫り込んであるのは、ローエンシェント……な気がするぐらいですわ」
「ローエンシェントですか、ソーサラーじゃないからわかりませんね」
「ちなみに、『気がする』ってレベルで、本当にローエンシェントかどうかは怪しいけどね」
「あっ、リゲルがお酒くさい!」
その場の雰囲気を出すためか、ソニアはリゲルに余計なことを言う。しかしリゲルも落ち着いていた。
「このゲームの中では、俺が扱っているキャラは二十五歳だ。酒を飲んでも問題ない」
「ふ~ん、ラムは何歳の設定?」
「え~と、ソーサラーだから七十歳ぐらい? でもサーカスの客層って年齢バラバラだから別にいいよね」
ソニアに話題を振られて、ラムリーザは適当に設定しておいた。
「ちょっとそれ、おじいさん過ぎるよ」
このネタに、リリスはすぐにうれしそうに飛びついた。
「ソニアは何歳? ラムリーザと同じぐらいのおばあさん? それとも五十歳ぐらいの歳の差カップルのつもりかしら? それともおじいさんと孫娘?」
このからかいには、ソニアも反論に困った。どの設定もソニアにとっては望ましくない。
「ラムはね、魔法でおじいさんの姿に化けているの。本当は二十歳ぐらいなの」
「おじいさんの姿に化けている理由は? 逆ならあるかもしれないけど、わざわざ老人に化ける意味はあるの?」
ソニアの必死な反論も、リリスにあっさりと跳ね返された。
「ソーサラーはおじいさんのほうがイメージに合うから、イメージ優先で老人に化けているの」
ラムリーザの設定について、ソニアとリリスが押し問答を始めてしまった。
「キャラの年齢なんてどうでもいいよ。三十歳でも七十歳でも、二十万歳以上でもいっこうに構わないよ」
ラムリーザは、適当に答えて二人の論争を終わらせようとしたが、適当すぎて油を注いでしまった。
「二十万歳ってすごいね、老人とかそういうの超越しているわ。二十万年前って、いったいどんな世界だったのかしら?」
リリスは、ラムリーザに迫ってきて問い詰める。
「なんだろうね、リゲルは何かわかるかい?」
ラムリーザは、二十万年前と聞かれてもピンと来ないので、いつものようにリゲルに頼ってみる。
「ん~、人類の原型が現れたのがそのぐらいの時期じゃなかったかな? 生物歴史学はあまり詳しくないから、合っているかどうかはわからんが」
「だそうだ」
ラムリーザは、リリスのほうを振り返って言った。
「つまり、ラムリーザは人類の原型なのね」
「リリスも吸血鬼だから五百歳ぐらい」
「外野うるさすぎですの! 全然話が進まないじゃありませんか!」
脇道にそれて雑談ばかりしているので、とうとうユコは怒りだしてしまった。
「お、おう、すまん。で、サーカスでは何をするのかな?」
ラムリーザは、慌ててユコの用意した物語について尋ねてみた。
「身軽な人がアクロバットをしたり、猛獣が芸をしたりするショーですの」
「了解っ!」
ラムリーザは、ソニアが何か言い出しそうになるのを抑えてユコに敬礼して見せ、それを見たユコも、すぐに気分を落ち着かせて、物語を先に進めだした。
「場所は、メインストリート先の広場だよ。夜までまだ公開してないけど、チケットは売ってますの」
「チケット? あたしチケット買って転売する。リリスみたいにナリオ製品に賭けるより、ずっと堅実だと思うの」
「しっつこいわね。ラムリーザ、ナリオカレーを千エルドで買わないかしら?」
「そこ! ゲーム中に商売始めない! ソニアも転売禁止ですの!」
「じゃああたしが買いに行く、ラムお金頂戴」
「買ってきたら払うよ」
「あ、ちなみに、ソニアの身長はどのくらいって設定ですの?」
唐突に、ユコはソニアの設定を尋ねた。そういえば、身長体重の設定は考えていなかった。まぁ、プレイヤーと同じでいいとしようか。
「あたし? ん~と、二メートル二十三センチぐらいかな」
「ちっちゃいか大きいかで料金が変わるから、真面目に答えてくださいですの!」
ソニアの設定した大きさだと、どこの巨人族だ? ファイターだから有りと言えば有りだが、極端すぎる。
「じゃあ百四十五で」
ソニアは、小さければ安くなりそうだということで、小さめに宣言しておいた。
「んじゃ、チケット売り場に行くと、付け耳付け尻尾のワイルドセクシーなお姉さんが『御嬢ちゃんお使い? えらいねぇ~』って言ってきましたわ」
「ワイルドセクシーか……」
「何? ラムリーザは付け耳付け尻尾に興味があるのかしら?」
リリスは、なんだか嬉しそうにラムリーザを見つめながら尋ねてくる。
「ラムは吸血鬼に興味ないから! あ、チケット買います、大人二枚、子供一枚、吸血鬼一枚お願いするね!」
リリスを攻撃しながら、ソニアはツッコミどころが多すぎる買い物をした。誰が子供だ? 吸血鬼は別料金なのか?
「待ってくれ、人数が合っていない。ここにいるのは五人だよ」
ラムリーザは、あえて人数のほうを突っ込むことにした。
「大人四枚、風船おっぱいお化け一枚に訂正ね」
ラムリーザのツッコミを受けて、リリスは訂正したが、荒らす気満々だ。
「二十万歳も大人料金か?」
リゲルも要らんことを言うが、すぐにロザリーンが口を挟んで提案する。
「えーと、チケットを買ったことにして、夜まで待ちませんか?」
どうも収拾が付かないので、ラムリーザはロザリーンの意見に賛成して、ソニアとリリスの意味のない諍いを受け流すことにした。
年末前に初めてプレイしたときは、怖いリゲルがゲームマスターだったこともあってか、みんな真面目、もしくは黙り込んでプレイしていたが、馴染んできてゲームマスターがユコになると、この有様である。
賑やかなのはいいことだが、全然話が進まない。
ロザリーンの掌の中の銀の指輪はいったい何なのか? とにかく、夜を待つしかない。