フォレストピア開幕前夜のピクニック

 
 芽吹の月・騎士の日――(現暦換算:三月五日)
 

 この日は、学校も休みということもあり、ラムリーザにとっては引越し前最後となる新開地フォレストピア視察に行こうという話になった。

 ラムリーザ、リゲル、ロザリーンの主要メンバーに加え、今回はソニアとリリス、ユコも行くことになったので、どちらかと言えば視察を兼ねたピクニックだ。

 全員で揃って新開地フォレストピアに行ったのは、ラムリーズ結成前と新年の祈願以来、これで三回目になる。意外とみんなでは行っていないものだ。

 それと今回は、ユコにとってフォレストピアの思い出作りという意味もあった。みんなで遊んだ思い出を増やそうという意図もあった。そんなこともありユコは、最後の景色を目に焼きつけるつもりだった。

 

 今回は汽車ではなく、リゲルの運転するバンで移動。リゲルが運転してラムリーザが助手席、女性陣は後部座席、これもいつもの配置だ。

「そういえばリゲル、以前聞いてもらうって話になった、ユコの転勤の話をどうにかできないかって件はどうなった? 何か話に進展でも見えたかい?」

 ラムリーザは以前、リゲルにユコの事情を話して、親の仕事の転勤をなかったことにできないか探ってほしいと頼んでみた。あれからしばらく経ったが、状況は変わっただろうか。

「ん、とりあえず話をしてみたが」

「どうなった?」

「ん、気にしなくていい」

「……なんやそれ?」

 リゲルは、なにやらはっきりしない返事をする。これはたぶん、ラムリーザの思っていた種類の「進展」ではなかったのだろう。

 リゲルはバックミラー越しに、後部座席で力なく笑うユコをちらりと見た。その視線はいつもよりわずかに鋭く、何かを測っているようにも見えたが、口角をかすかに上げたようにも見える。しかし彼は、すぐに視線を前方の道へと戻した。

 ラムリーザは、難しいことは分かっていたのでさほど落胆はしなかった。

 しかし、そうなるとやっぱりこれから大変な面も出てくる。

 主に、シャングリラ・ナイト・フィーバー二号店での活動において、ユコが抜けるとなると新しい曲を増やし難くなってしまう。キーボード担当もいなくなるということなので、規模は縮小するしかない。

 折角メイングループとしてやっていけそうになった矢先、これからはいろいろと大変だ。

「ユコがいなくなると大変だな……」

 ラムリーザのつぶやきはユコに聞こえていたのか、ユコは小さく「ごめん」とつぶやいた。

「いや、ユコが悪いわけじゃなくて、そうだなぁ……」

「楽譜を作り置きしてくれていたら、後は私たちだけでも練習できるわ」

 リリスはそう言うが、ユコも自分が参加できないとなると、楽譜作成の意欲だって湧きにくい。何かいい手はないものだろうか。

 この春からは、ラムリーザの妹であるソフィリータが来ることになっている。

 ソフィリータはギターができるから、次からはギターの人数を増やして、キーボードの穴を埋めることも可能だった。当面は、その形に馴染んでいくしかないだろう。

 しかしキーボードがなくなると、音が減ってしまう。それは仕方がない、気にしても仕方がない。

 それでもユコがいないから、ギターが増えたことによるアレンジ譜が作れない問題もある。

 

 ラムリーザがそんなことを考えている間に、バンはフォレストピアの中央駅前に到着していた。

 駅からは北へ一直線の主要道路が延び、シャングリラ・ナイト・フィーバー二号店を含むいくつかの建物が並んでいる。ここがこれからの主戦場になる場所だ。

 駅の隣には、物流の拠点となる大きな倉庫を兼ねた建物もある。これは初期の段階から完成しており、街建設の拠点にもなっていた重要な場所だ。

「あれ?」

 その倉庫を見ていたユコが、小さく驚いたような声を上げる。

「どうした?」

「さっきあの大きな倉庫に、お父様が入っていったような気がしたのですが、気のせいかな?」

 ラムリーザはバンドのことで考え込んでいて、外を見ていなかったのでわからない。

「気になるなら見てくる? ここで待っているよ」

 車窓の向こうで遠ざかっていく巨大な倉庫の入り口。そこには確かに、ユコにとっては馴染みである父親の、少し猫背で真面目そうな背中が吸い込まれていったように見えた。

 だが、ここはこれから稼働するフォレストピアの物流の心臓部だ。物流に従事する父がいるのは不思議ではないはずだが、ユコの胸には、寂しさとは別の「違和感」が小さな波紋のように広がっていた。

 ユコは少し何かを考えていたようだが、「いえ、いいですの」と答えた。

 ひとまずフォレストピアには来たものの、開幕直前の最後の追い込みで、人々は休日返上で働いていた。下手に首を突っ込むと、邪魔になるかもしれない。

「場所を移動しよう、駅前じゃなくて中央公園に」

 ここにいてもあまりできることはないので、場所を移動することにした。ラムリーザの提案で、リゲルは再び車を動かし始めた。

「それで、この町でラムリーザは何をするのかしら?」

 リリスは前の座席に乗り出して、ラムリーザの耳元で誘うように囁いた。ラムリーザは、リリスの挑発行為はさすがに慣れてきていたので普通に答えた。

「まずは食事の選別をすることにしたんだ。少し前の寒波で食糧生産がかなり打撃を受けたから、ユライカナンから支援してもらって、その料理をみんなで試してみることにするんだ」

「わぁ、いいなぁ。私もそれやりたかったですの」

 ユコが残念そうに言う。

「美味しかったものはユコのところにも送るよ。それに、ライブの時だけ会うって方向も考えているからね」

「うん」

「ぐえっ!」

 突然リリスが、何の脈絡もなく苦悶の表情を浮かべて悲鳴を上げた。

「どした?!」

 ラムリーザが見ると、うずくまっているリリスの横で、ソニアが両手を合わせたポーズを取ってニヤついている。よく見ると、リリスはお尻を押さえて苦しんでいる。

 ソニアは、合わせた手の指先の匂いをかいで、「くさっ」と言った。どうやらリリスの尻を、両指で突いたな……。

「なっ、何すんのよこの変態乳牛!」

 久しぶりに聞くリリスのソニアを責める怒号。

「ラムに近づく者には、この黄金の爪が尻に制裁を下す。魔女など恐るるに足りず、尻を甘やかすから、そのような苦しみを受けるのだ」

 ソニアは得意げな顔で意味不明な御託を並べるが、すぐにリリスは「何が黄金の爪よ! 敵が寄ってくるだけ!」と叫びながらソニアに飛び掛かっていく。リゲルの「車の中で暴れるな」という言葉は、残念ながら二人の耳に届いていなかった。

 
 

 
 中央公園は、まだ人が訪れてはいない。結構広くて、広場に沿って並んでいる花壇には、イチゴの花が咲いていた。

 おそらく次の春からは、今ラムリーザたちが在籍する帝立ソリチュード学院に通う生徒の中にも、このフォレストピアに越してくる人もいるだろう。

 汽車が走っているから通学には困らないし、フォレストピアとポッターズ・ブラフを隔てているアンテロック山脈にトンネルが開通すれば、バスなどによる通学も可能になるだろう。

「近いうちに、僕もリゲルみたいに車を運転して、車通学しようかなって考えているよ。今住んでいる下宿先に停めさせてもらえれば問題ないし」

 中央公園の駐車場に車を停め、一同は周辺を散策し始めた。駅から中央公園までは一直線で、遠くに小さく駅が見えている。

 ラムリーザは、「何かこの街に置いてほしい施設とかある?」と聞いてみた。

 リリスは「楽器屋を作って、いろいろな種類置いてくれたら見ているだけでも楽しいかも」と答える。他にも、ゲームセンターやゲームショップを希望するところ、どうも趣味に偏りがありすぎるものだ。

「リゲルは何かいいものある?」

 ラムリーザは、リゲルに聞いてみた。彼ならためになる施設を考えてくれるだろう。

「俺か? そういえば天文台はどうなっている?」

 このフォレストピアの地は、ぐるりと山脈が半分囲んでいる感じになっている。ポッターズ・ブラフと隔てている東側ははるか南の海岸まで山脈が伸びているが、西側は途中までしか伸びておらず、さらに西には広大な平野を見渡すことができる。

 天文台は、その西側の稜線の途中、ひときわ高くなった場所に建造中だ。

「あそこなら、街の灯りに邪魔されずに、本当の星空が観測できるはずだ」

 リゲルの声が、今日一番の熱を帯びた。白く輝くドームの土台は、山脈の頂を戴く冠のように鎮座している。それは、リゲルの天文学者という側面が抱く、空への純粋な憧れを形にした記念碑のようにも見えた。

「大学はどうなっていますか?」

 そう尋ねたのはロザリーンだ。

 夏休みのキャンプで語り合った時、大学を作ろうという話になっていた。

「それならあれだよ」

 ラムリーザは、中央公園から見える駅の反対側を指差した。その先には、建設中の大きな建物が遠くに見えた。

「たぶん大学は完成までにもうしばらくかかると思うよ。まぁ僕たちが入学するまでには間に合わせるさ」

 そこでラムリーザは、ユコのほうを振り返って言葉を続けた。

「ユコ、大学でまた会おう」

「ええ、そうしましょう。それまでにもっといろいろな楽譜を書けるようになっているから、みんなも腕を上げていてね」

 将来的に町の運営は、ポッターズ・ブラフ地方と同じように首長を置いて、そちらに任せることになるだろう。

 いずれは自分たちだけで町を動かしていきたいので、その役はジャンやロザリーンに任せたいところだ。しかしまだ学生の内は無理なので、当面はラムリーザの母親のソフィアがやることになるだろう。

 そういえば、この春からは妹と共に母親が執事やメイドを連れてやってくる。

 ジャンも二号店の経営のためにやってくる、またさらに楽しくなりそうだ。

「フォレストピア、私も住んでみたかったですの」

 ユコのつぶやきにラムリーザは、「二年後、大学生として住もう」と答えた。

 その感動的なシーンを台無しにするように、背後でリゲルが「ふっ……」と鼻で笑った。

「……二年も待つ必要があるのか、疑問だな」というリゲルのつぶやきは、誰にも聞こえなかった。

 とりあえず、町で今見られる場所は、このくらいだ。あとは、竜神殿とラムリーザの住む予定となっている屋敷である。

 発電所を見に行っても仕方がないので、夕方まで公園で時間を潰すことになったのである。

 

 

 いよいよフォレストピアの開幕までわずかになった。

 一年間という長い期間をかけ、ようやく準備は整った。

 近いうちにこの新しい町が、エルドラード帝国の流行の最先端になるかもしれない。

 ユコの「住んでみたかった」という呟きが、なぜだか耳に残った。引っ越しというのは、いつも誰かの都合で、誰かの夢を置き去りにする。

 それでもラムリーザは、夢と希望に胸を膨らませていた。

 次にこの駅へ降り立つとき、もうこれは「視察」ではない。生活で、暮らしで、毎日で――逃げ場のない本番だ。

 それでも不思議と怖さより、息を吸い込むような高揚のほうが勝っていた。

 たぶん、ここで失うものより、ここで手に入れるもののほうが多いと信じたかった。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若