家出した不良娘と不良の親分
白霜の月・学匠の日――(現暦換算:二月十七日)
今日も、学校の教室で朝からリリスとソニアは雑談中だ。
リードボーカル争奪戦は動画を投稿したのはいいが、今度は「再生回数の少ないほうが勝ち」という意味不明のものだった。
「リリスさんが七回で、ソニアさんは三十二回ですね」
「なんでそんなに見てるのよ! クソ視聴者! 見て欲しい時には見んかった癖に!」
ロザリーンの報告に対して理不尽なキレ方をするソニアをよそに、ラムリーザは昨夜のことが気になってユコに尋ねようとしたが、そこで今日はユコがまだ登校してきていないことに気がついた。
「いつも一緒に登校しているけど、今日はどうしたんだい?」
ラムリーザは、ソニアに差をつけていい気になっているリリスに尋ねてみた。
「朝、家を訪ねたら、もういなくなってたわ」
「えっ? 誰もいなかったの?」
ラムリーザは、昨夜の去り際のユコの様子がおかしかったので不安になる。昨夜、赤い目のまま駆け去っていった背中が、嫌な形で脳裏に残っていた。
「いえ、母はいたわ。『テンコー』とかなんとか言っていたけど、何の話かしらね」
「どうしたんだろうね、昨夜からなんだか様子がおかしいんだよね」
「それもそうね……」
ラムリーザとリリスは、顔を見合わせて首をかしげていた。
その頃ユコは、朝に家を出たものの、学校に行く気にもなれずに一人で繁華街をうろついていた。
あと一ヶ月ぐらいで離れ離れになってしまう。そう考えると、ユコはみんなと顔を合わせたくなかった。どうせいなくなる学校に用はない、そんなことを考えていた。
気がつくと、いつもよく行っているゲームセンターの前に立っていた。
ユコは、ふらふらと誘われるように中へ入り、反射的にメダルゲームを始めてしまった。
嫌なことを忘れようと、メダルをどんどん投入するが、一向に楽しくならない。ますます何もかもが嫌になってきていた。心は沈むばかりで、再び涙ぐんできた。
「よぉ、綺麗なねえちゃん」
唐突にユコは声をかけられた。振り返るとそこには、いやらしい笑顔を浮かべた男子生徒が立っていた。
しかし、こんな時間にゲームセンターに来ているような生徒には、ろくでもない連中が多い。普通の生徒は学校に行っている時間に、ここにいるのは学校サボりの悪者だ。
「何かしら? 一緒に遊びたいの?」
今日のユコはヤケだった。家出娘として反抗してやろうかという気にすらなっていた。ヤケクソ気味に「仲間になってあげる」と吐き捨てるように言った。
「おう、仲間仲間。仲間ならさ、連絡先教えてよ。ついでに、ちょっとだけ隣、座ってくんない?」
サボり生徒は、ユコが食いついてきたので調子に乗っている。ユコ自身も、どうにでもなれとばかりに座席を移動しかけた。
「あ、でもやっぱり嫌ですわ」
ユコは、ギリギリのところで理性を取り戻した。反抗はしてもいいが、そんなつもりはなかった。
「なんだよ、冷てぇな」
サボり生徒は、強引にユコの腕を掴もうとした。
「やめてください! 遊ぶのはいいけど、変なことはしたくないですの!」
「変なことじゃないよ、いいことだよ」
「よくないですわ!」
「来いよコラ!」
サボり生徒は、乱暴な本性をむき出しにしてユコに襲い掛かってきた。
ユコは抵抗するが、メダルゲームの筐体に押し付けられてしまった。
「……やめて。今は誰とも関わりたくないの」
ユコは、このまま自分が消えてしまえばいいと考えた。全ては勝手な話を持ち込んできたお父様が悪いのだと。そっと目を閉じる……。
「わんばんこ」
その時、近くからユコには聞き慣れた声が聞こえた。
「げっ、レフトール?!」
サボり生徒は、レフトールの突然の出現に、ユコを掴んでいた手を離した。
ユコは、レフトールの姿を見て少し安堵した。彼の傍には、子分のマックスウェルもいる。安堵した勢いで、軽口を叩く余裕も復活していた。
「何ですのレフトールさん、こんな時間に学校に行かずにゲームセンターに来るなんて不良学生ですのね」
「おう、俺は不良でもいいが、お前は?」
「私も家出した不良娘、よろしくですの」
ユコは、乾いた笑みを浮かべてレフトールに答えた。
「おお、不良娘ね。チェーンを巻いたヨーヨーとか使う?」
「いつの時代の話ですの?!」
二人で仲良く談話を始めてしまい、面白くないのは先ほどのサボり生徒だ。
「おいレフトール、そいつは俺が先に目をつけたんだ。引っ込んでろ!」
「ほぉ、俺とやりあうのか?」
サボり生徒は、いきなりレフトールに殴りかかってきたが、レフトールはひらりと身をかわした。身をかわされたが、すぐに体勢を立て直して、レフトールの蹴りに備えて上段をガードした。
「嫌なことを思い出させる構えだな」
レフトールは、その構えを見て顔をしかめた。それは、頭のガードを重視するラムリーザの構えに似ていた。
「お前が蹴り技使いなのは知っているからな」
サボり生徒は落ち着いていた。
それを見て、レフトールはちょうどいいと思った。以前予行演習した技を、実戦で試すいい機会だと考えたのだ。
試しに一発ハイキックを打ち込んでみる。しかし、サボり生徒はしっかりとガードを固めていた。それならば――。
「まーかせなさい!」
レフトールは思い切り踏み込んで、サボり生徒の脚を蹴っ飛ばした。先日ラムリーザに放って見せた、全力で打ち込むローキックだ。ハイキックと見せかけて途中で軌道を変え、脚を狙うフェイントを仕込んだ一撃必殺のローキックだ。
サボり生徒は、バランスを崩してひっくり返った。すぐに立ち上がろうとするが、脚の蹴られた部分が痺れてうまく立てない。
「くっ、覚えてやがれっ」
そう言い残してサボり生徒は、蹴られた脚を引きずりながらその場を立ち去っていった。

ユコとレフトールは、互いに顔を見合わせてにんまりと笑った。
「レフトールさんもやっぱり強いんですのね。今の蹴りも地味だけど、ものすごく効いていたみたいじゃないですの?」
「今の蹴りは、ラムさん対策なんだけどな。必殺技名は『フォレスター・キラー』だ」
レフトールは、下段蹴りのモーションを繰り返しながら言った。実戦でも使えたことに、かなりいい気分になっている。
「ラムリーザ様……」
ラムリーザの名前を聞くと、ユコは表情を曇らせた。
「ラムさんだけじゃなく、俺もレフトール様って呼んでくれよ……って、どうした? あ、別にラムさんに反抗するわけじゃないから気にしないでくれ。守護者たるもの、主人より強くなければ成り立たない、そういうことだよ。守護輝士と呼んでくれてもいいんだぜ」
「別にレフトールさんが悪いんじゃないですの……」
レフトールは、自分が責められているわけでないことに安堵したが、ユコの表情が暗いのはあまりいい気がしなかったので尋ねてみる。
「ん~、そんな表情はいつもの演技がかった台詞回しのお前らしくないぞ? いつもの謎の自信にあふれた態度は、どこへ行った?」
ユコは、しばらく黙っていたが、なぜかレフトールには打ち明けてもいい気になって話し始めた。
「私ね、この春からみんなとさようならですの……」
レフトールは一瞬「さようなら」の意味が分からなかった。だが、一緒にいた子分マックスウェルに耳打ちされて、ようやく答えた。
「ひょっとして転校?」
「そうですの……。お父様が、新しい町で働くことになっちゃったの……」
ユコは、うつむいたまま答えた。
「でもさ、なんかガッコに寮とかなかったっけ?」
レフトールは、マックスウェルのほうを振り返って言った。マックスウェルは「桃栗の里」と一言だけ答え、レフトールは再びユコへと向き直る。
「反対されましたの……」
「ふーん、残念だな」
レフトールは、少しがっかりしたような雰囲気で言った。レフトール的には、ラムリーザのグループに近づくための架け橋として、ユコを選んでいるのだ。彼女となら、例えばこうしてゲームセンターという共通の趣味がある。
「残念ですの? レフトールさんが?」
ユコは、ラムリーザたちに残念がられるのが嫌で逃げていた。しかし、あまり関係ないはずのレフトールにまで残念と言われて意外に感じていた。
「ん~、なんかもうお別れみたいだからばらすけど、子分たちの間で俺、お前とデートしていることにしてるんだ。ゲームセンターデートだけどな」
マックスウェルは、欠伸をしながら「あほらしいんだな」と続けた。
「ちょっと待ってください! 私はレフトールさんと付き合ってませんの!」
「お、元気が出てきたな。よし、いろいろ聞いてやるぜ。どうやら俺は悪で通っているが、子分の話は聞いてやるのだ、分かる親分だぜ。ユコも今日から不良だろ? 話を聞いてやるぜ」
「不良でいいけど、レフトール組には入りませんの」
「何ィ? それじゃあウサリギ組か?!」
「私は一匹狼ですの!」
レフトールは、そっとユコの肩に手を置いて落ち着かせた。大声を出されても、騒々しいゲームセンターの中では目立たないが、真面目な話もやりにくい。
「いんぐりもんぐりの里がダメなら、誰かの家に居候とかして住み着けばいいんじゃないかね? 俺の家なら大歓迎」
レフトールの間違いに、マックスウェルは「桃栗の里なんだな」と突っ込む。
「レフトールさんの家? 嫌ですの、居候ならラムリーザ様の家がいいですの」
レフトールは、速攻で拒否されてへこんだが、すぐに思い直して話を続けた。
「ラムさんの家か、それはいい。事情を話してラムさんのところへ泊めてもらえばいい。おっぱいちゃんが邪魔なら、そっちは俺が引き受けるから」
「あ、それはいいですわね。私がラムリーザ様とひっついて、レフトールさんがソニアをもらってくれたら、万事めでたしめでたしですわ」
なんだかよくわからないが、妙なところで二人の利害は一致したようだ。ソニアは、おっぱい狙いの男性には受けが良い。
「ところで、マジで不良化してもうガッコ行かないのか?」
ユコは、再び少し暗い表情をして答えた。
「もう行かない。次の春から行かないので、もうこれから行っても意味がない気がしますわ。それに、ラムリーザ様たちに合うと辛くなるから行きたくないですの」
「う~ん……」
レフトールは、ユコが悪の道に入っていくのをあまり歓迎していなかった。
自分はラムリーザと付き合うようになって、少しずつでも更生していこうと考えていたのだから、今のユコを見ていると残念で仕方なかった。
こうなると、俺がなんとかしてやるしかないな――。
レフトールはそう思いながら、ついでにおっぱいちゃん奪取の野望を隠したまま、ユコをなんとかしてやろうと考えるのだった。
「ガラにもないことするなよな」
マックスウェルのつぶやきは無視して、レフトールはにやりと笑みを浮かべた。
ユコの胸の奥の重たい塊は、消えたわけじゃない。けれど、ほんの少しだけ沈む速度が遅くなった気がした。