いつまでもずっとこのままで
神帰の月・森人の日――(現暦換算:十二月十六日)
夜、そろそろ日付が変わろうとしている時間のこと。
ラムリーザは、そろそろ寝るかと思い、ベッドへと向かった。ベッドはダブルサイズの大きさ。ソニアと同居していて、ベッドは別々にせずに一緒にしていた。
今年の春に入った頃に、二人は正式に付き合うことになり――とはいえ物心ついた頃、もっと言えば生まれたときから一緒に過ごしてきた――二人の関係は、恋人同士へと進んでいた。
それ以来、二人はほぼ毎日同じベッドで夜を過ごすことになっていた。
最初は「清い交際」という形で始めていたので、この状況でも清い交際を続けられているのだから、たいしたものだ。
ラムリーザは、布団に潜り込みながらソニアのほうへ目をやった。ソニアは、まだテレビの前のソファーに腰掛けて、ゲームをプレイしている真っ最中だ。
最近は格闘ゲームをあまりプレイしなくなり、新しいゲームに手を出している。初夏にみんなで一緒に遊んだ「マインビルダーズ」だ。
ラムリーザやリゲル、ロザリーンはもうプレイしていないが、リリス、ユコと一緒に三人で遊ぶのは続いているようだ。
そういうわけで、ラムリーザはようやくソニアのハメ攻撃の実験台から解放されたわけだ。
暖かい季節だと、入浴後も薄着のままゲームをしていることが多かったが、最近のように少し肌寒い季節になると、バスローブをしっかりと着込んでいる。
ソニアは、ラムリーザと二人きりのときは無防備だ。この状況で節度を保てているのだから、ラムリーザもわきまえているというものだ。もっとも、キスまでなら何度でもやっている。それは庭だったり裏山だったり、ある程度広い範囲で……。
だからこそ、リゲルなどが急に訪れたときに騒ぎになってしまうのだ。風呂上がりに鉢合わせたことがあったような気がする。
もう寝る時間というのもあって、ラムリーザは布団の中からソニアに声をかける。
「おーい、そろそろ寝るぞ」
ラムリーザの呼びかけに、ソニアは「んー」と返事したが、動こうとしなかった。いつも通り、ゲームに夢中のようだ。
「僕はもう寝るよ。今来なかったら抱き寄せてあげられないから、一人で寝てね」
いつもソニアは、ラムリーザのすぐ傍にぴったりとひっつくように抱き寄せられて寝ていた。だが、ラムリーザが先に寝てしまうと、ソニアは抱き寄せてもらえない。
そこでソニアは、慌ててゲームを切り上げ始めた。「もうあたし寝るからね」などと言っている。リリスたちに言ったのだろう。ヘッドセットを外し、テレビを消してベッドのほうへ向かってきた。

画面の青白い光が消えると、部屋には窓の外から差し込む淡い月光と、柱時計のカチコチという微かな動作音だけが残った。
つい数秒前まで「マインビルダーズ」の世界でブロックを積み上げていたソニアの指先は、少し冷えているはずだ。その冷たさを体温で上書きするのが、いつの間にかラムリーザの夜の決まりごとになっていた。
もっとも、ソニアはどちらかと言えば体温が高い。だから涼しくても足を出して平気だ。
ソニアは一人で寝るのが嫌で、キャンプへ行った時も、合宿へ行った時もラムリーザの部屋へもぐりこんできたものだった。それに、ネトゲ廃人化事件以来、ゲームにはまりすぎると同居は解除して、学校指定寮「桃栗の里」へ入寮させると脅されているのだ。
バスローブを脱ぎ、ベッド脇のクローゼットから寝間着を取り出して身につける。ただ、そこでスカートを履く意味が分からない。
ソニアは、プリーツの入ったミニスカートがお気に入りで、寝る時も寝間着のつもりで身につけている。寝間着用のスカートとか、意味が分からない。布団に入っても、プリーツが崩れるだけだと思う。
「だから、寝るときに履く意味――」
「いいの!」
ラムリーザのツッコミに、ソニアは食い気味で答える。
「まあいいか。それじゃあ傍に引っ付いてきたら――」
「胸揉むな!」
再び食い気味で言葉を遮る。
「はいはい、わかったよお嬢さん」
ラムリーザは、右腕を広げてソニアを受け入れる用意をした。
「んんっ」
ソニアは、喉を鳴らしながらもぞもぞとラムリーザに引っ付いてくる。そのままいつものようにラムリーザは抱き寄せ、部屋の明かりを全て消した。
部屋は夜の闇の中に沈み込み、光の中では見えないものが、闇の中では浮かんで見えた。
視界を奪われた暗闇の中では、腕の中にいるソニアの重みだけが世界の中心になる。ラムリーザの脇腹に押し付けられた「風船」が、規則正しい呼吸に合わせて、生き物のような脈動を伝えてくる。
ソニアの体温がゆっくりとラムリーザの肌に溶け出して、境界線が曖昧になっていく感覚。このまま溶けてしまえば、明日が来なくても構わないような――そんな不謹慎な誘惑すら感じていた。
「ねぇ、ラム……」
暗闇の中、ラムリーザの耳元でソニアは囁いた。
「なんだ?」
ラムリーザをじっと見つめているソニアの瞳だけが光り、ラムリーザにとっては今更な問いを発する。
「ラムはあたしのどこが好きなの?」
以前にも、どこかで聞いた気がする質問だ。
ラムリーザは、とりあえず「全部」と答えた。だが当然ながらソニアは納得しなかった。
「そんなのダメ! もっと具体的に言ってほしいなぁ」
周囲は真っ暗だが、ソニアが口を尖らせているのがわかる。
ラムリーザにとっては、具体的に言った結果が「全部」なわけだが、ソニアが納得しないので少しだけ表現方法を変えることにした。
「そうだなぁ」と言いながら、ソニアの身体を強く抱き寄せ、「こうして抱きしめたときの安心する感じが好きかな」と続けた。
ラムリーザの身体に押し付けられているものは、ソニアの体温と柔らかさだった。
ソニアの身体はふっくらとしていてやわらかい。出るところは出ていて、引っ込むべきところは引っ込んでいる。やや出るところが強調されていて、風船のような大きなもの。その膨らみがラムリーザの右脇に押し付けられている。これがまた気持ちよくて癖になる。
ラムリーザがさらに力をこめて抱き寄せると、ソニアは「んっ、んんっ」と小さく息を漏らした。
そのまましばらく二人はひっついていて、暗がりの中で静かに時間が流れていた。柱時計のカチコチという音だけがこの場に存在していて、二人の世界は夢想の中にある小宇宙に浮かんでいるようだった。
「ねぇ、ラム?」
先ほどとほとんど同じような雰囲気で、ソニアは再びラムリーザの耳元で囁いた。ソニアの声はよく響くが、このように静かに囁かれると耳に心地よい。
ラムリーザは黙ったまま、緩んできたソニアを抱く腕の力を再び強めた。ソニアがさらに身を寄せ、体温がいっそう近くなる。
「んっ、ふぅ……。ラムはあたしを恋人にして後悔していない?」
ラムリーザは、同じく今更な問いに「何で?」と答え、ソニアの不安そうな問いを、あっさり切った。
「だって……」ソニアは、ラムリーザの耳元から顔を少しそむけ、言いにくそうに「……だってあたし、ラムと一緒にいても遊ぶことしかできないし。ラムの役に立つようなこと、ちっともできないし……」とつぶやいた。
確かにソニアは、ラムリーザと一緒の部屋で生活しているが、一人でゲームをしていることが多い。新開地開発について話をしても、「たなからぼたもち球場」などと、わけの分からない意見を述べるだけだ。
だがラムリーザは、「今はそれでいいよ、ソニアの無邪気な笑顔が僕を癒してくれる」と答えた。
「ラム……」
ソニアは、少し安堵したかのような声色で呟いてラムリーザを見つめた。暗闇に慣れたラムリーザの目には、ソニアの表情をうっすらと確認することができた。
「うん、その顔がいい、今はそれで十分。そうだなぁ、役に立ってないと思うのだったら、これから少しずつでいいからできることを見つけていったらいいよ」
ラムリーザには、優秀な参謀のような存在として、リゲルがいる。ジャンもいろいろと相談に乗ってくれるので、ソニアにはそういった立場は求めていなかった。だがソニアにとって、そういった立場がラムリーザの役に立っていないと思わせて不安がらせていたのだ。
「ラム、あたしがんばる」
そう言ってソニアは、横からラムリーザの首筋へ顔をうずめた。ラムリーザの頬を、ソニアのふんわりとした前髪がくすぐった。
「ラム……」
「なんだ?」
今夜三度目のやり取り。
「いつまでもずっと、あたしと一緒にいてね」
そして、三度目の今さらな言葉。だからラムリーザは、迷うことなく答えた。
「当然だろ。何のためにわざわざ無理をして、こっちに連れて来たと思っているんだ?」
そう、ラムリーザはこの春、母親ソフィアに無理を言ってソニアを新しい地へ連れて来ることを認めさせたのだ。もともと一人で来るはずだった地、一年前のラムリーザは、そのための準備や気持ちの切り替えを行ったのだ。
それに、ただ連れて来るだけではない。結婚前提での清い交際まで取り付けたのだった。
そういうわけで、ソニアはラムリーザの働きかけで離れ離れになることはなく、ラムリーザの一番近くにいる権利を手に入れることができたのだった。
ラムリーザも、ずっと一緒だったソニアをこれから先も失うようなことは考えていなかった。ずっと、そしてできるだけ大切に、幸せにしてあげようと思っていた。
結局のところ、ラムリーザのほうも、ソニアに依存しているのだろう。ひとりよりも、ふたりがいい。
優秀な友人や、広がりゆく新開地の計画。そんな「外の世界」でどれだけ立派な名前で呼ばれようとも、この布団の中でただの「恋人」としてソニアと寄り添っている時間こそが、ラムリーザにとっての唯一の真実だった。腕の中の体温が、心地よい眠りのリズムに変わっていく。
ソニアは、答えを聞いて安心したのか、ラムリーザの胸元に額をこすりつけてから、ふっと力を抜いた。
その重みが少しずつ眠りに沈んでいくのを感じながら、ラムリーザは自分の呼吸まで、彼女に合わせて遅くなっていくのを知った。
言葉より先に、体が「ここが帰る場所だ」と覚えてしまっている。
そして今夜も、二人は当然のように仲良くくっついて寝る。
明日の朝も、その次も。目を覚ましたとき、隣にプリーツの崩れたスカートを履いた、あどけない寝顔があること。それだけで、ラムリーザの人生の目的は十分に果たされている。