お山の大将が選んだ道
播種の月・森人の日――(現暦換算:十一月八日)
レフトールとウサリギの二人は、仲間意識を持っているわけではない。それぞれ独自の集団をつくり、むしろ対立していると言っていいだろう。この二人を動かしていたのは、この地方の領主の娘であるケルムへの忠誠心だけだった。
二人の行動の根底にあるのは、どちらがよりケルムに気に入られるか――ただそれだけであった。
このように、これまでは二人にとってケルムの存在がすべてだった。
しかし、最近はその勢力争いに変化が生まれてきている。
そう、一連の襲撃事件を経て、レフトールがラムリーザ派に鞍替えしてしまったのだ。
より強いものに従う考えのレフトールは、一地方の領主より帝国宰相のほうが上だと瞬時に判断した。さらにラムリーザの圧倒的な腕力を目の当たりにし、総合的に強いのはケルムではなくラムリーザだと結論づけた。
レフトール自身はそれでいい、むしろラムリーザと打ち解けようとフレンドリーになっている。だが、彼の子分たちはどうしたものか、といった具合になっていた。
それについては、大半はレフトールについて行くという話になっていた。
まずレフトールは子分を大切にし、仲間とも和気あいあいしている。だから子分は離れにくい。さらに、ピートはラムリーザに手を握られて痛い目を見た。夜の決闘では、周辺警護に当たっていた戦闘のプロ、レイジィにやられた者もいる。副将格のマックスウェルも同様だ。だから彼らは、ラムリーザを敵に回すことを恐れて、レフトールについていく道を選んだ。
わずかだが、ケルムに恩があった者もいる。ウサリギについた者もいれば、つっぱり集団とつるむのをやめて堅気になった者もいた。だが、いずれも少数派だった。
昼休み、レフトールが子分二人と食堂で昼食を取っていると、そこにウサリギがやってきた。
ウサリギは、レフトールに冷たい視線を送りながら尋ねてくる。
「お前、ケルムから離れるって本当か?」
レフトールとウサリギは、共通の目的があったから、二人が本気でぶつかることはなかった。しかし、その目的がずれてしまったことで、今後ぶつかる可能性が高まってしまう。もっとも、すでに小競り合いは何度か発生していた。
だがレフトールは気にしていなかった。ラムリーザが本気で強いからだ。だからレフトールは、悪びれもせずにあっさりと答えた。
「そうだぞ」
「お前……、癒し猫会合(ケルムの機嫌を取るために開かれる内輪の集まり)は、どうするんだよ」
「ん~、パス。いや、今後はもう出ないな。お前の好きにやってくれていいぜ」
「ふん、そういうことか。じゃあお前と権力闘争することもなくなったわけだ。精々おとなしくしておくんだな」
レフトールは、ウサリギの皮肉に対してニヤリと笑って答えた。
「俺、ラムさん派――いや、ラムリーザ派になったからよろしく」
「ラムリーザ? 誰だそいつは?」
「知らないならそれでいいぞ。ラムさんに手を出して勝手に社会的に抹消されたらいいぜ。ああ、その前に俺が黙っていないけどな」
ラムリーザのことを知らないウサリギは、フッと鼻を鳴らしてレフトールを挑発する。
「お前がそんなわけのわからん奴に取り入るような馬鹿とは思ってなかったぜ。そういえば大怪我していたな、そいつにやられたのか? お山の大将レフトール様も落ちたもんだな、ふっふっ」
ウサリギは、言いたいだけ言うと、レフトールの前から立ち去った。
その後ろ姿に向けて、レフトールは小さくつぶやいた。

「さて、最後に笑っていられるのは、果たしてどっちかな」
ウサリギに言われ放題で終わったレフトールを、二人の子分は不満そうな目で見つめていた。不満だけでなく、この選択で正しいのかという不安の色も含まれているようだ。
するとレフトールは、テーブルに肘をついて右手を立てて広げ、その指先を左手でクネクネと動かして見せた。
「ようやくテーピングが取れた。たかが一地方領主の娘と、宰相の息子、どっちが上かお前らも考えろよな。それと、腕を本気で掴まれたピートならわかってるだろ? マックスウェルもあいつのボディガードみたいなやつにやられただろ? あいつ、いやラムさんは本物だって」
「そ、それもそうなんだな」
「お、おう」
二人はそういうと、少しは安心したような目をレフトールに向けるのだった。
「ラムさんは強い。俺とラムさんが組めば、怖いものなしだ。それにリゲルもいるしな、この軍団は面白いぞ」
レフトールはそれだけ言うと、食事を再開するのだった。
そしてレフトールは気がついていた。ラムリーザの警護に当たっていたあの男が、学校用務員の肩書きで学校に入り込んでいるのを……。
同時刻、軽音楽部の部室にて。
昼休みも惜しんで練習しようとしていたラムリーザたちは、また違った来客を迎えている最中だった。
「あっ、アフレコだ!」
ソニアは楽しそうに叫ぶ。
そう、電脳部のメンバー、クラスメイトのデドロワとガーディアが、セリフ収録のために部室を訪れていたのだ。ステージに置いてあったマイクをテーブル席に持ってきて、そこで収録しようとしていた。
ラムリーザとリゲルは、暇なのでドラムとギターで合わせて練習しようとしたが、雑音が入るとの理由でデドロワに止められてしまっていた。
「いや、ここ軽音楽部の部室だよね? なんで演奏したらダメなんだろう」
「お前が妙な仕事を引き受けるからだろ?」
「妙とは何だ?! お前もギャルゲー好きだろ?」
リゲルが妙な仕事と言うので、デドロワは反論してくる。だがリゲルは、フッと笑ってのけた。
「ギャルゲーは興味ないな。エロゲーならやるけどな」
「いや、それ自慢にならないって」
「いや、リゲルは分かっている奴だ」
それぞれ別の感想を述べるラムリーザとデドロワ。どうしてこうなった? リゲルってこんな奴だったっけ?
「清らかさが足りない会話してるねーえっ!」
ソニアはそう叫び、デドロワも昼休みの時間がもったいないと言って、早速台詞収録を始めることにした。
ラムリーザとリゲルは、仕方なく収録状況を見守るのであった。
「さて、今日はサービスシーンの収録だ」
「いや、いかんだろそれは」
ラムリーザは、思わず突っ込んだ。そもそもR18はやらないという約束だったはずだ。
「あぁん、ふえぇ……」
調子に乗るソニアを、ラムリーザは後ろから小突く。
「ふぅん、ソニアはラムリーザと何かしてる最中、そんな声だすんだ、くすっ」
リリスまで余計なことを言い出したので、ラムリーザは「帰ってもらおう」と言って電脳部の二人を追い返すことにした。
「冗談、冗談だってば。ほら、この台詞を読んで、最後の告白シーンだぞ。ではユナから行ってみよう」
デドロワは、リリスのことをユナと呼ぶ。ゲームの中でリリスが担当しているキャラは、そういう名前なのだろう。
そういうわけで、リリスは原稿を手に取り、マイクに近寄って語り始めた。
『待ってた――、いや、ごめんなさい。こんなところに急に呼び出したりして。私は今日から変わるの。今までの私は、自分の才能に酔って人を見下してばかりいた。誰から見ても嫌な女だったでしょうね』
そこまで一気にしゃべり、一息つく。
「よくわかっているじゃない、謙虚さの足りないリリス」
ソニアは思わずツッコミを入れてしまい、すぐに「こらぁ、茶々を入れるんじゃない」とデドロワに怒られてしまう。
リリスは、ジロッとソニアを睨みつけるが、すぐに次の台詞を語り出した。
『でも、いつの頃からかあなたに恋していると気がついたの。でも私は吸血鬼、人間とは付き合えないのかもしれない……』
吸血鬼とか言っているが、いったいどんなゲームなのだろう? ラムリーザは、電脳部が作っているのは恋愛シミュレーションゲームだと思っていたが、その世界設定がわからなくなっていた。
「うん、吸血鬼はラムと付き合えないよ。だから付きまとわないでね」
ソニアはいちいち一言入れる。雑音は後の編集で消すとして、リリスは台詞を読み続ける。
『でも、あなたに嫌われるなんて聞きたくない!』
リリスは、意図的にラムリーザの目を見つめて言った。ラムリーザに告白しているつもりなのだろうか?
そこまで聞いたところでデドロワは、「ここで実は僕もユナのことが――」という台詞が入るんだよと教えてくれる。
「実は僕もユナのことが――」
ラムリーザは、なんとなくつぶやいてみて考える。告白されるタイプか、ソニアが「好きだから私も連れて行って」と言ってくれれば、この春にあまり悩む必要はなかったのかもしれない。
「ユナ幸せになってねー、リリス振られたねー、ユナに寝取られたねー、ざまーみろ――ひゃうん!」
またソニアが余計なことを言うので、ラムリーザは今度はソニアの大きな胸を横からボヨンと払ってみるのだった。
「なっ、何を?!」
「ちょっとは静かにしてなさい、デドロワたちが困ってるだろ?」
「むーん……」
ソニアは、ぷいと横を向いて不貞腐れてしまった。
「改めて、こほん――『実は僕もユナのことが』」
「いや、主人公の声は要らないから」
「そ、そうか……」
だが、一瞬でもラムリーザに相手役を拾ってもらえたリリスは嬉しかったのか、より感情を込めて次の台詞を続けた。
『本当? 私の夢は叶ったのね?! うれしいわ、私はもっと好かれるいい女の子になるよう、努力するわ』
「よし、合格だ」
デドロワから認められ、リリスの収録は終了した。リリスの演じるユナパートは、これですべて終了したことになった。
だが、ソニアはまたしても要らんことを言う。
「かくして、ユナ……じゃなくてリリスは、ハマクリボウと正式に付き合うことになったのでした、めでたしめでたし。よかったねー、馬鹿みたい、ははっ」
リリスはむっとして、席を立ちソニアの後ろに回りこむ。テーブルの上のマイクを掴んでソニアの口元に寄せ、開いているほうの手で、ソニアのわき腹をくすぐり出した。
「あっ、ひゃあんっ、くっ、やめっ、ふえぇ……」
「はい、今の変な声も録音できたかしら?」
「一応……」
「効果音に使ったらいいわ、くすっ」
いや、使えないだろう。使ったらR18になってしまう。
ソニアは憤慨して、後ろに立つリリスのほうへと向き直ると、靴下を太もも半ばから足首まで思いっきり下げてやるのだった。またやるか……。
そしてお決まりの怒声――。
「何すんのよこの変態乳牛!」
後はもうぐちゃぐちゃ。
昼休み終了の予鈴が鳴るまで、ソニアとリリスは低レベルな罵り合いを続けていたのだった……。
予鈴が鳴って、ようやく部室に静けさが戻った。
しかしラムリーザの頭の片隅には、さっきの台詞が引っかかっている。「吸血鬼で、人間とは付き合えない」――電脳部のゲームは、ただの恋愛シミュレーションじゃないのかもしれない。
文化祭の準備で忙しくなるのに、変なところが気になってしまう。