ライブじゃなくて、喫茶で鳴らす
播種の月・精霊の日――(現暦換算:十一月七日)
さて、体育祭も終わり、週末の文化祭まであと一週間を切っていた。
最近の部活では同じようなことの繰り返しで、Cランクの曲(とりあえず演奏できる)をBランク(一通り演奏できる)へ上げることに専念していた。
Aランクに指定している曲は、ステージで演奏できるレベルのものなのだが、文化祭のカラオケ喫茶にそれほどのクオリティは必要ない。そういうわけで、Bランクの曲をAランクに上げる練習はほどほどにしていた。
その結果、先日レルフィーナに聞かれた時のように、Bランクの曲がどんどん増えていくのだった。
ラムリーザたちは、一時間ほど練習して一旦休憩するかということになり、部室中央のソファーにみんなで座り込んだとき、部室のドアが開いて、珍しい客がやってきた。
いや、客という言い方はおかしいかもしれない。
やってきたのは、生徒会長のジャレスと、生徒会役員の一人であるセディーナだった。みんなは忘れているかもしれないが、セディーナは軽音楽部の部長で、ジャレスも部員ということになっている。
実際リリスなどは、「すっかり忘れていた」とか言って、最初は部外者扱いして追い出そうとした。それをラムリーザは、なんとか押しとどめたほどだ。
先輩二人は、普段は生徒会の仕事を主にやっていて、部活にはほとんど顔を出さない。この文化祭の時期も例外ではなく、全体を取り仕切る作業で忙しくて、部活どころではなかったのだ。
「いつもお疲れ様です」
あまり語ろうとしないソニアたちはさておき、ラムリーザは無難に挨拶をした。
今日ジャレスが部室にやってきたのは、気になっていることを確認するためらしい。
「君たちは、熱心に暗くなるまで練習しているみたいだけど、無理はしていないだろうね?」
「はい、大丈夫です。どうせこの子たちは、家に帰ってもゲームしかやらないのでちょうど良いぐらいです」
不満を言いそうになるソニアたちだが、それが事実なのでラムリーザは知らんぷりだ。
「ところで、文化祭で体育館は使用しないのかな? 使用申請が来ないから、忘れているのかなと思って確認に来たんだけど」
カラオケ喫茶のことで頭がいっぱいになっているラムリーザは、思わず聞き返してしまう。
「え? 体育館で何をやるのですか? 当日は間違いなく忙しいから、体育館に行っている暇はないと思いますが……」
ラムリーザの質問に、ジャレスは首をかしげる。
「あれ? 軽音楽部はステージで演奏するのが定番だろ? 忘れていたのかな?」
そこでラムリーザは、ジャレスの言いたいことを理解できた。少し事情が違っていたので、忘れていたのは確かだ。
「えっと、忘れてました。そういえば定番ですね」
先日、リゲルに連れられて、他校の文化祭を見に行き、そこでリゲルの友人レグルスのライブを見て、ラムリーザ自身は代役で参加したばかりだ。
つまり、これまではこの学校でも毎年ライブをやっていたのだろう。しかし……。
「まだ間に合うから、ステージの使用申請はこちらでやっておくよ」
「ああ、それは大丈夫です。今回は気にしないでください」
ラムリーザはすぐにジャレスを制した。さらに首をかしげるジャレスに、現在自分たちがやっていることについて説明した。
「クラスの出し物で、カラオケ喫茶をやることになったのです。バンドの生演奏付きのカラオケ、これはきっと受けると思うんです」
ジャレスは「なるほど」とうなずき、感心したようだった。
「そういえば一年生の出し物にカラオケ喫茶というものがあったな。珍しい企画だと思っていたけど、そうか、君たちが絡んでいたんだね」
「なんだかよくわからないうちに決まったんだけどね。まぁ、変な演劇に付き合わされるよりは、ずっとマシだけど」
ソニアやリリスが狙っていた演劇を、ラムリーザはあっさりと変な演劇と言い捨てる。
「変な演劇って何よ!」
「そうね、その言い方はあんまりだわ」
ソニアとリリスは、ラムリーザの一言に噛みついた。ラムリーザは、余計な一言だったと後悔したが、もう遅い。
「告白したとたんに世界が停止して、あたしとラムの二人だけになる失われた理想郷の物語なのに!」
「私とラムリーザ、最初の男女が禁じられた実を口にし、楽園を追われ、知と痛みを得て世界へ降り立つ物語なのに」
ラムリーザは、巻き込まれたくないけど、見てみたいような――いや、やっぱり見てみたくないような、複雑な気持ちになってしまった。要するに二人とも、自分と二人きりの世界を創り出したいわけだ。
「でもいいのかな? 文化祭のステージ演奏は、軽音楽部一世一代の見せ場だと思うんだけど」
ジャレスはそう言うが、ラムリーザは体育館での演奏にそれほど魅力は感じていなかった。なぜなら……。
「ライブならいいのです。僕たちは、どうしても行けない週を除いて毎週帝都のナイトクラブでライブさせてもらっているから」
「シャングリラ・ナイト・フィーバーだよん」
ソニアが嬉しそうに横から口を挟む。
「帝都のクラブで? それはすごいな……」
ジャレスはすごく驚いたようで、目を丸くして話を続けた。
「今年の一年生は、これまでの部員の中で一番活躍しているかもしれないな。さすがラムリーザ君だね、ユグドラシルからいろいろ聞いているよ。それに、文化祭に向けて君の母から多額の寄付金を頂いていて、大いに助かっているんだよね。もう君に足を向けて眠れないよ」
「あ、それあいつのせいだから、たぶん」
ソニアの言うあいつとは、レフトールのことだ。まだ名前で呼んでくれないのだ。
ソニアの言うとおり、以前ラムリーザが校内で襲われた事件があり、そういったことが二度と起きないようにということで、ラムリーザの周辺警護の者を学校内に入れることになった。学院長を動かすための寄付も絡み、結果として取り締りが強化された。
その雰囲気をレフトールはすぐに察して、ラムリーザに屈したというわけだ。
体育祭の日の給食が、全校生徒にビーフステーキを振る舞うという贅沢なものだったのは、裏にこうした寄付金があったから成し得たことらしい。それはそれで生徒たちを満足させられ、学院長先生も面目が立ったわけだ。
それでもあまり思い出したくない話題なので、ラムリーザはすぐに話を元に戻した。
「それに、カラオケ喫茶ってほんとに良い案だと思うんです。演奏者と客って大抵距離があるものなんだけど、カラオケだと客と密接な関係を楽しめるんですよね。クラスメイトに歌ってもらったりして感じたんだけど、客に近い立場で演奏するのも、一つの理想だと思います」
ラムリーザの思いを聞いて、ジャレスはすっかり感心していた。
「これはもう我々は必要ないな。安心して生徒会の仕事に専念できるってものだ。もっとも、文化祭が終われば、ほぼ任期は終わったようなものだけどね。あまり部活に顔を出さずに、ちょっと投げっぱなしすぎたかなとずっと思っていたけど、君たちに任せっきりにしていて問題ないとわかった。思うままに活動してくれたまえ」
これだけ言い残すと、ジャレスとセディーナは部室を後にした。
さてと、練習を再開してと……。
ジャレスたちと入れ替わりに、レルフィーナを先頭に何人かのクラスメイトが部室に入ってきた。
また遊びに来たとでも言うのだろうか?
「こりゃあ、練習の邪魔! 部外者は帰れ!」
ソニアは大声を出す。今度はまごうことなき部外者だ。
だがレルフィーナは、ソニアの大声に怯むことなく、普通に言い返した。
「あのね、喫茶店は、ここの部室に作ろうと考えたの。教室で演奏したらかなりうるさいでしょ? 他のクラスの迷惑になるから、防音設備が整ってるここでやろうと思ったの」
それはレルフィーナの言うとおりだ。教室でやるわけにはいかない。
「それはいいけど、今日は何の用かな?」
「部屋のスペースを計って、テーブルはどれだけ置けるか、お菓子や飲み物を備蓄できるスペースはどれだけ確保できるか。実際に設置するのは文化祭前日だけど、それまでにいろいろと考えなければならないのよ」

さすが実行委員に名乗り出るだけあって、レルフィーナは計画的だ。さっそくメジャーを使っていろいろ計算し始めている。
「とりあえず、練習の邪魔にならないように頼むよ」
ラムリーザの要望に、レルフィーナは大丈夫と答える。
「演奏スペースは……、本番はそこの簡易ステージ上かな。とりあえずそこにドラムセットを移動させて、三人ぐらいなら左右に配置して、歌う人は真ん中……、スペース取れるかな」
ラムリーザは、レルフィーナのつぶやきを聞き流し、ソニアたちを集めて再びCランクの曲をBランクへ持っていく練習を再開した。
いつもと違って、ざわざわしている部室だ。それでも音を鳴らし始めると、意外と集中できる。
「いつもー、欠かせないー、私の気持ちをー、あなたに届けたいのよーん」
ステージ上で作業していたレルフィーナは、いつの頃からかマイクを片手にして演奏に合わせて歌い始めた。
やっぱりそうなるか……。
ラムリーザたちが音楽に集中すれば、文化祭実行委員が作業に集中できない。この反比例をどうするかが、今後の課題になるだろう。
結局、この日は下見と場所決めにものすごく時間がかかっていた。というのも、レルフィーナが途中からカラオケを始めて、下見作業が終わった頃には外も暗くなっていた。
「ええと、いいかな? もう暗くなったし、練習終わらせて帰るよ?」
ラムリーザは、ステージ上でマイクを持って次の演奏を待っているレルフィーナに話しかけた。
「え? あ、もう終わり? あう……まだ細かいところまで調べ終わってないのに……。まあいいや、明日も来るね」
レルフィーナはそう言って、一緒に来た人たちを連れて帰っていった。
ラムリーザは、明日もこれが続くのか、と思いながら大きく伸びをして、あと六日間がんばるか、と思うのだった。
明日も明後日も、たぶん同じように人が出入りする。
部室はもう、練習場所というより「文化祭の現場」になりつつあった。メジャーと机とお菓子と歌声、その全部が入り乱れて、練習だけじゃなくなる。
体育館ライブを逃した気はしない。むしろ客が距離ゼロで絡んでくる分、こっちのほうがよほど厄介で、よほど楽しそうだ。
問題は、レルフィーナが歌い始めたら作業が止まることだ。そこだけは、どうにかしたい。それに、ソニアとリリスが言っていた「二人きりの世界の演劇」も、やっぱり少しだけ気になる。