剛力と知略、最下位争い
播種の月・女神の日――(現暦換算:十一月六日)
ドォン、カッ、ドドドォン、カッ――。
ラムリーザの叩く重厚なフロアタムの音と、クローズド・リムショットの乾いた音が部室中に鳴り響く。
先日レルフィーナに歌ってもらった「奇跡の大海原」という曲のリズムパターンを、ラムリーザは練習していた。
というのも、部室内の簡易ステージで、ソニアとリリスが「どちらがボーカルか」で揉めているからだ。
「あたしが歌うの! 握力勝負であたしが勝ったじゃない!」
「あれはアダルトゲームの歌を賭けた勝負で、この歌は関係ないわ」
「ふん、どうしてもやりたいと言うのなら、右手で腕相撲して決めるということで!」
「勝手に勝負内容決めないで。そうねぇ、ローキック合戦とかどうかしら? 十回蹴りあって、どちらがより多く命中できるかどうかで競うの」
「何その野蛮な勝負、もっと平和的に右手で指相撲で決着!」
「立ったまま、足元に置いたビー玉を、足の指で一つずつ右から左にどっちが早く多く運べるか勝負しましょう」
ソニアは右手の勝負に固執し、リリスは足元の勝負に固執している。リリスは左利きで右手勝負が不利。ソニアは胸が大きすぎて足元勝負が不利。だから、お互いに譲らず勝負を受けようとしないので、話が全然先に進まない。
「この歌、サビの部分は二人で歌うのですのよ」
「そこは、高音域ソニア、低音域リリスで行こうね」
ステージ上で言い争いが展開されている一方で、ラムリーザとユコの間では、平和的な空気が流れている。
ソニアとリリスが一歩も引かないので、ラムリーザは「いいかげんにしろ」と思って口を挟んだ。
「揉めても仕方ないだろ? 最近リリスの歌が多いから、たまにはソニアでいいじゃないか?」
「ダメよラムリーザ、勝負は勝負。ソニアが歌えないのは、ビーチバレーが下手だったり、身体がオヤジのようにカチコチで棒くぐりができなかったりするからなのよ。悪いのはどんくさいソニア、エロゲソングでも歌ってたらいいわ、くすっ」
「うるっさいわね、ちっぱい!」
「とりあえず口論はやめなさい。ボーカルは後回しでいいから、ひとまず演奏ができるようにしようね」
最近、握力勝負をやったばかりだ。また何かの機会に勝負すればいい。もっとも、リーダーのラムリーザが決めてしまうという手もあるのだが……。
そういうわけで、ソニアとリリスは一旦口論を止め、演奏に専念することにしたようだ。
ソニアなどは、リリスに対して「ふんっ」と鼻を鳴らしてステージを下りると、ラムリーザの傍にくっついた。
「いやいや、そんなにくっついたら叩くのに邪魔だって」
ドォン、カッ、ドドドォン、カッ――。
「オールヴィス、オールヴィス――」
ラムリーザのリズムに合わせて、ユコはシンセサイザーの音を重ねながらコーラスパートを歌う。
ラムリーザは、演奏を続けながらユコに尋ねた。
「オールヴィスって何だろうね?」
「異国の言葉ですわ」
「意味は?」
「さぁ……」
まあいいか。ラムリーザは、深く考えないことにした。
ドォン、カッ、ドドドォン、カッ――。
「二つの世界が重なるとき、そこに見えてくるユートピア――」
暫定的に、今回はユコが軽く流すように歌っている。
ラムリーザはユコを見つめながら、ユコもいい声をしているのだから、ユコの歌にするのもありだな、とか考えていた。
ソニアはユコを見つめるラムリーザの視線に気がつき、不満そうに肩をぶつけてくる。
「なんね?」
リズムを乱してしまい、ラムリーザはソニアに非難のまなざしを向ける。ソニアは、口を尖らしてプイと顔を背けるのだった。
その時、ラムリーザの携帯端末キュリオが着信音を鳴らした。
ロザリーンからの連絡で、そろそろ部活動対抗リレーが始まるようだ。
ラムリーザは演奏を止め、メンバーを促してグラウンドへと向かっていった。
「なんで文科系なのにリレーに出なくちゃいけないんですの?」
運動が苦手なユコは、不満をラムリーザにぶつけた。
「気にしない気にしない。参加することに意義がある、ということで。さあいくぞ」
ラムリーザは、ユコの肩を叩いて景気づけると、先頭に立ってグラウンドの中央へと駆けていった。
グラウンドの中央、リレーに出る選手たちが集まるところに行くと、そこには部活の先輩であると同時に生徒会長のジャレス、部長のセディーナがいた。久しぶりに見た気がする。それと、リゲルとロザリーンも集まっていた。
「お待たせ。やっぱり僕がアンカーのリゲル案で行くのかな?」
ラムリーザの問いに、リゲルは少し困ったような表情を浮かべて答えた。
「いや、伝えるのを忘れていた。俺はお前とは組めない、敵になる」
「なっ……」
そこにジャレスが近づいてきて話しかけた。
「丁度六人だね。第一走者は俺で、第二走者はセディーナ。後はロザリーンから聞いた順番で行こう」
その後は、リリス、ユコ、ソニア、ラムリーザと続く順番である。
「それじゃあなんでリゲルとロザリーンもここにいるんだろう? 敵になるって……」
「彼らは天文部のチームとして参加することになったんだ。負けるなよ」
ジャレスの説明に、リゲルは頷いてみせる。
「どうなってるんだ……」
元々は運動部が十一チームで、一回のレースを六チームで走るとどうしても一枠余る。そこでジャレスが生徒会長権限を発動して、軽音楽部を穴埋めのチームとして参加させたのだ。
ここまでは、以前リゲルから聞いた内容だ。
しかしその後、軽音楽部が出ると知った他の文化部の一部が、軽音楽部が出るならうちも出るとか言い出したのだ。その結果、さらに六チーム増やして、計十八チームが参加することになった。
六チームずつ予選を三回行い、上位二チームが決勝レースに進むということだ。
そういうことで、リゲルとロザリーンは、天文部のチームとして参加することになったのだ。
「どっちにしても僕がアンカーなのは変わりないのね。先輩か部長がアンカーやればいいのに」
「いやいや、部長はセディーナだけど、実質活動してるグループのリーダーはラムリーザじゃないか。だから、君がアンカーということで」
「しっかりがんばってね」
ジャレスもセディーナも丸投げだ。
ラムリーザは、軽くため息をついて、この理不尽な現状を受け入れることにした。
「予選と決勝? 二回も走るなんてめんどくさー」
ソニアが文句を言ってくるが、大丈夫、安心しろ。どうせ運動部には勝てない。運動が苦手なユコを抱えたチームに負けるようなら、運動部の看板を下ろしてもいいぐらいだ。
まぁ、恥ずかしくない戦いができたらいい。ラムリーザは、ただそう思っていた。
ドォン!
スタートの合図で、第一走者のジャレスは飛び出していった。
「まずいなぁ」
ラムリーザは思わず小さくつぶやいた。
ジャレスは、生徒会長をこなすだけあって、文武両道。一位を走る陸上部の後を追って、二位につけている。
いい勝負になればなるほど、アンカーの責務は重大なものになってしまう。
ラムリーザは、ビリ争いをすることになって、気分的にのんびりしていられると思ったのに、これでは当てが外れてしまい、余計な緊張感を感じていた。
第二走者のセディーナも、それなりに運動ができるようで、二位の座を維持している。
だが、一位には差をつけられ、三位がすぐ傍まで迫ってきていた。
下がれ、下がれ……。
ラムリーザは、ただ一人後ろ向きな念を送りつけていた。
「ラム!」
突然ソニアが、ラムリーザの耳元で大声を出す。
「な、なんね?」
「負けろって思ってるでしょ!」
「なんでわかる……って、そうじゃなくてだなぁ」
「なんか顔が不満そうなんだもん。ラムってあまりそういう表情しないから、すぐわかるのよねー」
さすが幼馴染、よく見ている。
「それじゃあソニアは勝ちたいのか?」
「んや、二回も走るのめんどくさいから、三位でいい」
「君も負けろって思っているじゃないか……」
「あたしはいいの、リーダーじゃないから。リーダーは弱気になったらいけないの」
「はいはい」
「次はリリスね、こけろ!」
「あのなぁ……」
そういうわけで、第三走者はリリスだ。
しかし、ここからは明らかに運動部とは見劣りするメンバーになっていた。
リリスは運動はできるほうだが、それはユコと比べた場合であって、抜群というわけではない。
そういうわけで、順位を落として三位になってしまう。
さらに、第四走者のユコは、どちらかと言えば運動が苦手なほうだ。
「ユコもこけろ」
ソニアは相変わらず応援しないが、応援したところでどうこうなる問題じゃない。
結局ユコは、まだ余裕があった四位の選手にも追いつかれて、五位に転落してしまったのだ。
予選は三組に分かれ、各組は運動部四チーム、文化部二チームに分かれていた。やはり運動部には敵わない、まあこんなところか、といったところだ。しかし、せめて文化部同士の対決には勝っておきたいところだ。
ユコがなんとか五位で戻ってきそうなので、ソニアで挽回しようじゃないか。
ラムリーザはそう思ったが、ソニアと一緒に待っている第五走者の中に、ロザリーンがいることに気がついた。
この組の文化部の相手は天文部だったようだ。
ソニアはリラックスした感じで大きくのびをしているが、ロザリーンとソニアだったら、負けるだろうなぁ……。
ユコが戻ってきたとき、まだ六位とは少し差があった。
ロザリーン相手にソニアは逃げ切れるか? と思ったが、ソニアは走り出すなりすぐにスピードが落ちてしまう。あれではユコとそんなに変わらないのではないだろうか。
ソニアは、運動神経はあるのだが、身体がその能力を阻害していた。片手で大きな胸を押さえて走っているので、スピードが出ない。普通のフォームで走ると、胸が揺れて痛いのだ。胸のせいで、ユコ並みの走りしかできないソニアだった。
ロザリーンは、どんどん差を詰めて、ソニアに追いつきそうだ。
「お前と俺とは、新しい世界を作っていこうとしている者同士なのに、こうして最下位争いするとはな」
アンカーが待っているスタートラインに並んだとき、隣に立つリゲルがそうつぶやいた。
「こうなることはわかってたんだけどねぇ。リゲルの知略でなんとかしてくれ、ここから僕が挽回できる方法はあるかい?」
「ない」
ラムリーザの参謀は、明確な作戦を立てることもなく、玉砕しろと言った。
ソニアを見ると、しっかりとロザリーンに追いつかれてしまっている。このままでは最下位も夢ではない。そんな夢は見たくないけどね。
いろいろ考える必要もなく、ソニアは普通に最下位(六位)になってしまった。
これでいい。これ以上悪くはならない。ラムリーザは、かえって気が楽になっていた。
ソニアは、苦しそうな表情で戻ってきた。いや、苦しいというより胸が痛いのだろう。
ラムリーザはバトンを受け取り、気楽な気分で走り始めた。
ジャレスとセディーナ、両先輩以外はみんな順位を一つずつ落としたのだ。つまり、ラムリーザに責任はほとんどない。
そのおかげでラムリーザは、リラックスしていて身体が軽かった。
なんとなく調子が良くて、前を走るリゲルに追いつけそうになった。
しかしリゲルも最下位はごめんだとばかりに速度を上げる。

二人は並び、デッドヒート――ただし最下位争い――が繰り広げられることになった。
四位とはだいぶ開いているので、これ以上順位が上がることはないだろう。
そのまま終盤まで競り合いが続き、ラムリーザとリゲルはほぼ同時にゴールすることになった。
いい勝負だった、ただし最下位争い。でもこれは順当、これで十分としよう。
「はぁ、ふぅ……、ソニアとユコの代わりに、リゲルとロザリーンが入っていればもっといい勝負ができたと思うんだけどなぁ……」
息を切らせながらラムリーザはつぶやく。
「ふぅ……、来年はそうするか……、はぁ」
リゲルも、ラムリーザに刺激されて無理してしまい、普段の冷静さはどこへ行ったのやら、汗びっしょりになって荒い息を吐いている。
そうつぶやきながらも、ラムリーザとリゲルはお互いの健闘を称え合って満足していた。ただし、最下位争いだ。
「ラムリーザを敵に回すのもおもしろいな」
「リゲルの知略を攻略しろって? 厳しいなぁ」
「ふん、お前の腕力も俺の知略も、かけっこには役に立たんな。それでも、俺たちが組めば怖いものはない」
「ん、かけっこでは勝てないけど、そういうことにしておこう」
結果は順当なものだが、非常に充実した戦いとなった。
こうして部活動対抗リレーは終わり、体育祭は幕を閉じたのであった。
「いや、ちょっと待って」
ラムリーザは、帰り支度をするために教室へ戻ったとき、気になったことを聞いてみた。
「えーと、どこが優勝したのかな? うちのグループ?」
「知らない」とソニア。
「興味ないわ」とリリス。
「忘れましたの」とユコ。
ソニアたちはラムリーザと一緒にほとんど部室にいたから、そう答えるのも仕方ない。
ラムリーザは、ロザリーンのほうを振り返ったが、ロザリーンは「本当に知りたいのですか?」と言って教えてくれない。どうやら部室に籠ってばかりで、不真面目だったラムリーザたちに対して怒っているようだ。
「いやまぁ、うん、まあいいか」
ラムリーザは、気にしないことにした。
砂埃の匂いと、汗の冷えた感じだけが、やけにリアルに残っていた。
勝った負けたの結果は、もう誰も覚えていない。だけど部室で鳴らしたリズムと、最下位のデッドヒートだけは妙に面白かった。
まあ、体育祭なんてそんなものでいい。
参加した種目では楽しめたし、それ以外の時間はいつもどおりのんびりと部室で過ごせた。