ゲームセンターにレッツラゴー
帝国歴77年 黎明の月・守護者の日――(現暦換算:十一月一日)
「ねえ、また一緒にゲームセンター行きましょうよ」
部活動が始まってしばらくして、ユコはラムリーザをちらりと見ながら言った。これは、メダルゲームはやりたいのだが、一人でゲームセンターに行くのが怖いから付き合ってほしいということだ。
「あ、ラムは喧嘩弱いから」
「ぶっ」
ソニアのぶっきらぼうな物言いに、ラムリーザは思わず噴き出す。喧嘩は弱かったか? と言っても、これまで喧嘩らしい喧嘩はそんなにやったことがない。ラムリーザの欠点は、弱いというより慣れていないために加減が難しいということだろう。レフトールに余計な怪我を負わせたことが記憶に新しい。
それでも、ソニアの物言いに対してユコは黙ってしまった。
もし争いに巻き込まれたら、またラムリーザを頼るのか――。そう考えるとユコは行きたいという気持ちと不安な気持ちの間で揺れ動くのだった。
「そうだ、ユコは喧嘩強い人誘ってゲーセン行けばいいんだ。あ、ラムはダメだからね」
「何でよもう……」
「でもラムリーザはあのレフトールに勝ったのでしょ? 喧嘩強い人にならないかしら?」
「そうですわ、ゴムマリ破壊するようなラムリーザ様は強いんですの。ソニアはなぜそんなに悲観的なの? いじわるしているだけじゃないんですの?」
ソニアは、ユコから顔を背けて呟いた。
「あたしはただ、ラムと平穏に暮らしたいだけ。あんたたちが纏わりつかなくて、あたしとラムと二人きりだったら目をつけられることもなかったのに」
「そうはいかないわ。しかし……」
「そうね、あいつさえいなければ、こんなに悩む必要はなかったのに……」
やはりレフトールの存在のせいで、少し気弱になっている三人娘であった。
「ごめんくさい」
そこに、芝居がかった口調で挨拶するものが現れた。
すぐにソニアたち三人は嫌な顔をする。
「またあいつが来たわ……」
「あなたさえいなければ……」
三人娘の反応を見て、部室に登場したレフトールはしょげて見せる。ラムリーザは許しても、ソニアたち三人はそう簡単には許さないようだ。
「まだ許してくれないのかよぅ。厳しい、非常に厳しい~っ!」
「あなたは一生の業を背負うのよ」
「そうですの! あなたは私がラムリーザ様に引っ付くのが気に入らないでしょう?」
「ちょっとユッコ、そういうのはそいつだけじゃなくて、あたしも気に入らないから」
しかし、レフトールはそのことに関しては何も気にしていない風に答えた。
「ラムさんぐらいの人だったら、ハーレム築いていても不思議じゃないねぇ」
「あなた、急に前と意見を変えたわね。あの時はそれが気に入らないって絡んできたくせに」
「記憶にございません。財布にもございません」
「まあいいわ。それよりもね、今私たちすごく困ってるの」
リリスは、レフトールの目をじっと見据えて語った。レフトールがその視線に対して睨み返してみせると、リリスはふぅとため息をついて視線を逸らした。
「何々? 俺で役に立つことなら何でもするぞ?」
「そう? じゃあ私たちの前に現れないでほしいんですけど」
「そうですわ、あなたみたいな人がいるから、私たちは安心してゲームセンターに行けないんですの!」
「ゲームセンター?」
レフトールは意外そうな顔をするので、ラムリーザは先ほどまで揉めていた話を聞かせるのだった。喧嘩に巻き込まれるのが嫌だから、ゲームセンターに行くのが怖い、と。
「いやいやお前ら勘違いしてるって。ゲーセンはゲームする場所、喧嘩する場所じゃないぜ」
「でもあなたみたいな人は、私たちがゲームセンター行ったら絡んでくるんでしょ?」
「それでお金奪ったりするんでしょ?」
「そりゃまあ、ナンパもカツアゲもたまには――いやいやいやいや、そんなことはない、ないぞーっ!」
ソニアたち三人は、必死で弁明するレフトールをジト目で見つめている。
「まあいいや、たまには息抜きしよう。練習にアフレコに、文化祭に向けてちょっと仕事しすぎているからね。そうだ、レフトールもいっしょにどうかな? 君がいたら何かと抑止力になるかもしれない」
ラムリーザはその場の空気を正常に戻すため、あえてレフトールも誘ってみる。
最近ではレフトールも、あの日のことを悔いて自分たちと仲良くしようとしているのは感じ取れた。ソニアたちにも受け入れてもらえるよう、少しでも一緒にいられるならそうしようと考えたのだ。
「そうだ、俺がいたら悪い奴もビビッて襲ってこないって。大丈夫大丈夫、俺とラムさんだろ? リゲルも来るんだったら怖いものなしじゃないか」
ラムリーザが好意的なのを見て、レフトールはここぞとばかりにアピールしてくる。
「すでに悪いあなたが寄ってきていますの」
「お前は良い意味でアホだな」
ユコは辛辣だし、リゲルは相変わらずレフトールをアホ呼ばわりするが、彼は気にせずに先頭に立って部室から出ていこうとした。
「ではゲーセン目指して、レッツラゴー!」
ソニアたちは、まだ嫌そうな顔をしていたが、ラムリーザとリゲルが後に続いて行ったので、しかたなくついていくことにしたのだ。
ゲームセンターにて。
ユコはさっそく小遣いをメダルに替えて、メダルゲームを開始した。結局のところ、ここに来るまでが怖いのであって、一旦来てしまうと熱中してそんなことは忘れているようだ。
リゲルとロザリーンは、前回来た時と同じように、二人でエアホッケーを開始している。
ソニアとリリスは、今日は格闘ゲームコーナーに行って、対戦を始めたようだ。
ラムリーザは、レフトールと一緒にパンチングマシンの前に来ていた。前回は、このマシンはソニアたちが占拠して、エターナルなんとかパンチとか叫んでいたっけ。
ソニアたちで、50から70ギガのパンチ、リゲルは112ギガだったかな。そしてラムリーザの145ギガパンチで、ソニアたちに絡んできた荒くれを黙らせたものだ。
そこでレフトールは早速マシンのパッドに殴りかかった。
記録は67ギガ、ソニアよりも弱い。というよりも、殴った直後、拳を抱えてうずくまってしまった。
「どうした? 大丈夫か?」
「拳を怪我してるの忘れてた。いってぇ……」
「ぬ、すまん」
レフトールの指を脱臼させてしまったラムリーザは、つい条件反射的に謝ってしまう。
しかしレフトールは「気にするな」と言って、少し距離を取ると、いきなりパッドを蹴りつけたのだった。
記録は132ギガ、かなりの威力だ。
「ふっふっふっ、俺はどちらかと言えば蹴りのほうが得意なんでね。しかしこれが効かないんだから、ラムさんのボディは堅いってもんだ」
ラムリーザは、レフトールの台詞に肩をすくめてみせた。
そこに、フロアの係員がやってきたのだ。係員は、レフトールのほうを厳しい目で見ながら言う。
「お客さん、このマシンはパンチ用です。危険ですので蹴るのはご遠慮願います」
「何だとオラァ!」
レフトールは凄んで見せるが、係員は毅然とした態度でじっと見つめている。
このままでは騒動になりかねないので、ラムリーザはレフトールの肩に手をやり、穏やかに言って聞かせた。
「ルールは守ろうね。威嚇して無理を押し通すのはよくないよ」
レフトールは、視線をラムリーザと係員の間に行き来させた後で、「ちぇっ」と舌を鳴らして軽く係員に頭を下げるのだった。
「そういえばお前のパンチどのくらい? あの夜殴られたとき、かなりの衝撃受けたんだが」
「それじゃあ一発」
ラムリーザは、レフトールに促されてパンチングマシンの前に立った。パンチを打つときは、格闘の先生もやっていたレイジィの教えをいつも思い出していた。パンチに合わせて体をひねり、体重を拳に移動させるというやり方を、ずっと覚えていたのだ。
一息入れて、パッドを強打する。打ち付けられたパッドの勢いで、激しい音がして筐体が揺れたような錯覚がするのは、前回のときと同じだ。
記録は140ギガだった。
「ちょっ……、まじかよ……」
「前回やったときは145出たんだけどね。まぁ、5ぐらい誤差かな」
ラムリーザは、こんなものかなと思って振り返ったところ、レフトールは気に入らないといった感じの顔でぼやいた。
「……先に言えよ全く、それで握力はいくらなんだ?」
レフトールはラムリーザに殴られた以外に、拳を潰されたり、片手で顔を掴まれて持ち上げられたり、散々な目にあっている。
しかし、ゲームセンターに握力測定ゲームがなかったので、調べる術はなかったのだった。
その時、格闘ゲームコーナーから大声の言い争いが聞こえた。やはりここは喧嘩する場所ってわけではないはずなのだが……
「てめぇふざけんなよ!」
「何よ! あんたが下手なだけじゃないの!」
男性の怒った声と、それに言い返しているのはソニアだ。見ると、ソニアと対戦していた相手が彼女に詰め寄ってきている。
ラムリーザは、レフトールに目配せすると、急いで揉め事の現場に駆け付けた。
「せこいことばかりしやがって、きたねーんだよおめーは!」
「うるっさいわね! 自分の腕のなさを人のせいにしないでよ!」
男性はよく見ると、同じ年頃の学生らしい。ラムリーザと同じ制服を着ているところを見ると、同じ学校の生徒だろう。そういえば、屋上で見かけたような気がする。
その男子生徒は、今にもソニアに殴りかかりそうな勢いだ。
ラムリーザは、急いで止めようとしたが、それよりも早くレフトールが声をかけた。
「あれ? ピートじゃねーか、何やってんだ?」
ピートと呼ばれた男子生徒は、レフトールの姿を見ると振り上げかけた拳を下ろすのだった。
「あ、レフトールさん。この爆乳女がひでーんだぜ、ダブルニーハメとサイコ投げばかりしてきやがる」
ラムリーザは、その言葉を聞いて「またか……」と小さく呟いた。
ゲーム画面にも、家でも見慣れたキャラクター、ヴェガがこちらを睨み付けていて、相手を罵倒するメッセージが表示されている。この画面をラムリーザは、自室で何度見たことか。
「まぁ、こいつはラムさんの女だから、大目に見てやれや」
「そっかぁ、レフトールさんの知り合いかぁ……。あ、そう言えば見覚えあるわなぁ」
ピートは、レフトールにたしなめられておとなしくなってしまった。それでも、ソニアに対して不満そうな視線を向けている。
「いや、ちゃんと話は聞くよ。問題解決しなくちゃだめだよ」
ラムリーザは、ピートに向き合って言った。常日頃から、ソニアが権威を盾にして好き放題してしまうのは好ましくないと考えていた。だから、こんな形で揉め事を抑え込んでしまうのは気が進まなかったのだ。
それに、相手がレフトールの仲間だから、うやむやでは済ませたくない。レフトールと仲良くなれば、彼とも関係が近づく可能性がある。だからソニアと彼の間にしこりは残したくない。
ただ、詳しく事情を聞いても、ラムリーザが思っていた内容と同じことだった。
家ではラムリーザやコンピューター相手にずるいことばかりして勝ってきたソニアは、ゲームセンターでも見ず知らずの相手にずるい勝ち方をしただけだった。
ソニアの隣でプレイしていたリリスにも聞いてみたが、語った内容は同じだった。最初はリリスもむきになって対戦していたが、すぐに相手をするのをやめたそうだ。
ラムリーザは軽くため息をつくと、ソニアの横に立ってソニアの後頭部と背中に手を当てた。そのまま力を込めて、無理やり頭を下げさせる。
「なっ、何を?!」
「ごめんなさいと言いなさい」
「待ってよ! あたし悪くない!」
ラムリーザはさらに力を込めて、ソニアの体をくの字に折り曲げて固定した。

「ハメまくってごめんよ、今日はこのくらいで勘弁してやってくれ」
仕方がないので、ラムリーザが代わりにお詫びすることになってしまった。
そんな様子を見て、ピートもまあいいかという気になったようだ。何も言わずに他の台に移動すると、再び格闘ゲームを始めるのだった。
「さてとソニア」
「な、何?」
「そのキャラクター使用禁止な」
「なんでよぉ」
「それかそのゲーム禁止か、どっちかを選びなさい」
とりあえず、どっちに転んでもラムリーザにとって都合がいい選択を迫った。
ハメキャラ禁止にすれば、家で対戦に付き合わされた時もそれなりに楽しめるだろう。ゲーム禁止にしてしまえば、そのゲームでソニアに付き合う必要はなくなる。
しかしソニアは、何も答えずに不貞腐れているだけだった。
「技が悪いのよ」
傍でリリスが言った。リリスの言う通り、このキャラは使用技がおかしい。
「ダブルニーの後に技が繋がらないように調整するだけで、だいぶ変わると思うんだけどね」
「次回作に期待かな」
ラムリーザは、そう言いながらソニアの使っていた台に座り、そのままヴェガを使って続きをプレイし始めるのだった。
ハメ技を使うこともなく、普通にプレイする。相手のコンピューターは、いつぞやラムリーザが使っていた緑色の野生児だ。
野生児が電流を発してきても、落ち着いて下段蹴りで対処する。こいつは足元がお留守なんだ。
と、その時、誰かがゲームに乱入してきたことを示すメッセージが表示され、強制的にキャラクター選択画面に戻されてしまった。
対戦台は、こうした対戦を楽しむものだ。ラムリーザは気分を引き締め、相手が誰を選択するのか待っていた。
すると、相手は同じキャラクターであるヴェガを選択してきた。
嫌な予感がして横を振り返ったが、そこにソニアの姿はなかった。
「まさか……な」
そういうわけで、同キャラ対戦が始まった。これはキャラクターの性能が同じなので、より腕が立つほうが勝つわけだ。
結果、ラムリーザはハメ殺された。
途切れることのない連続攻撃で、何もできないまま終わってしまった。ソニアの使うダブルニーハメだ。
「やった、ラムに勝った!」
対戦台の向こうから、ソニアの嬉しそうな声が聞こえた。
ラムリーザは、ため息をついて隣でプレイしているリリスを見ると、リリスも仕方ないなという顔で肩をすくめてみせるのだった。
だめだ、ソニアは全然反省していない。
ラムリーザはソニアの更生も勝負に勝つことも諦め、二戦目の勝負を放棄して席を立つのだった。
ただ、さっきのピートの件も係員の件も、レフトールが余計な火種を増やさずに収めてくれた。
まだ仲間と呼ぶには早い。けれど遠ざけ続ける理由も、少しずつ減っていく気がした。
余談だが、そのようなゲームバランスをぶち壊すキャラが許されるはずもなかった。
後日、各ゲームセンターでは、そのゲームの筐体に「ヴェガ使用禁止」の張り紙が貼られることとなったのである。