名誉という名の火種
黎明の月・星々の日――(現暦換算:十月二十一日)
学校の学院長室にて。
ラムリーザの通う学校は「帝立ソリチュード学院高等学校」である。取りまとめているのが学院長のコルプルスだ。
地方が管理する公立学校や、個人や法人が管理する私立学校とは違い、帝立の学校には帝国の学芸省から派遣された者が学院長なり校長なりを務め、学校自体が帝国によって管理されているのだ。
それゆえに、帝国と密接な関係にあり、権力者は帝立学校に子息を入学させたがる傾向にあった。
だがそれは同時に、帝立学校は帝国に逆らえないという面もあったのだ。
この日、学院長は帝都からの使者を学院長室に迎えていて、物々しい雰囲気に包まれていた。
その中で、学院長は困ったような顔をしっぱなしで、弱気になっていた。それは、迎えた客の存在が大きかったからだ。
帝国宰相夫人と、帝国宰相補佐官見習いの二人がやってきて、ここ数日の間に起きた事柄について説明を求めたのだ。帝国宰相夫人とは言うものの、その実態は皇帝陛下の姉である。
問題は、「帝国宰相の息子が、この学校で暴力沙汰に巻き込まれた」という疑惑についてだった。要するに、屋上でラムリーザがレフトールに叩きのめされ、保健室送りにされたことだ。
帝国宰相夫人が、ラムリーザの母親ソフィアだ。一緒に来た補佐官が、兄のラムリアースだった。むしろ今回の場合、補佐官のほうが主要人物になっているが……。
元々ソフィアは、今回の騒動について詳しくは知らなかったのだが、ソニアがラムリアースに助けを求めたことで、騒動が公になってしまったという経緯もあった。
ラムリアース曰く、「弟に手を上げる奴はゆるさん」といった意気込みで、学校へ乗り込んできたのだった。
ラムリアースは、ラムリーザからのメールで決闘については片がついたことは知っていた。ただ、片がついたかどうかも重要だが、彼にはもう一つ譲れない点があって、ここへ来たのだ。ラムリーザに手を上げたという事実が重要で、許せないのだった。
それに加えて、ソフィアは主にラムリアースが暴走しないよう抑える役として、ついてきたようなものだった。
一通り、学院長からの弁明を聞いた後で、ラムリアースは凄んでみせる。
「学院長。今回はラムリーザが自分で撃退して片をつけたようだから、見逃してやる。だがな、また同じことを起こしてみろ。その時は、お前は管理能力がないと判断して首だ。代わりに別の者をよこす。お前は一生閑職に回すぞ、いいな?」
「も、申し訳ありません……。以後、しっかりと監督して、二度とこのような事件は起こさないと誓います……」
学院長は土下座しかねない勢いで、ラムリアースに許しを請うのだった。
「そうだ、レイジィだ。レイジィを付けろ。彼を自由に学校内に入れるようにして、ラムリーザを警護させる。それでいいな?」
「しかし部外者を校内に入れるのは――」
「用務員でも警備員でも何でもいいから適当な役職を与えて入れれば良いではないか、そんなことにも頭が回らんのか? やっぱり他の者と代わるか? お前ではダメだな」
「わ、わかりました。その者には後で正式に契約を結んで……」
「最初からそう言え」
今のラムリアースには、ラムリーザとソニアが夏休みに帰省した時のような、優しくて頼りがいのある青年というイメージはなくなっていた。そして、学院長を脅しているような態度を取っている。
いったい彼に何が起きたというのだろうか……?

ソフィアは、ラムリアースを落ち着かせると、今度は自分が学院長に話を持ちかけた。
「そういえばそろそろ文化祭ですか? 学園祭ですか? そういうのがあるのでしたね」
学院長は、「は、はい」と完全に怯えたように頷いた。
「いろいろと物入りですよね? これを使って盛大にやったらいいでしょう」
ソフィアは、何かが入った袋をテーブルの上に置く。ジャラリと乾いた音が、学院長室に響いた。
「金貨を千枚ほど用意しました。生徒たちのために、使ってあげてください」
「あ、ありがとうございます」
これらの話をしたところで話し合いは終わり、ソフィアとラムリアースは引き上げていった。
脅しと寄付、つまり学校に対して飴と鞭を与えたのだ。
放課後、軽音楽部の部室にて。
ラムリーザたちは、いつものように部屋の中央にあるソファーに陣取って雑談をしていた。昔懐かしの雑談部だ。
しかし、ライブ活動や、カラオケ喫茶に向けての練習もきちんとやっているので、休憩を兼ねた雑談は問題なしとしていた。
リゲルもこれまでは窓際に立っていて、ソファーに近寄ることはなかったのだが、最近は他のみんなとの距離が近くなっていた。今日も同じようにソファーに座って、そこでギターを背景音楽代わりに弾いていた。以前は窓際に一人で立ってギターを鳴らしているだけだったのに、今は違う。
いろいろあって、グループの結束はより強固なものになっていた。
「あ、それは『しらたき』の音楽ですのね」
「そうだ、よくわかったな」
ユコがよくわからない専門用語を口にしたのだろうか。しらたきの音楽って何のことだろう。しかしリゲルには通じているようだ。
「清らかさが足りない会話のような気がするよ」
「そうね、そんなところかしら。この二人が通じ合う話題と言えば、そんなものよね」
一方ソニアとリリスも専門語を語っている。二人はまだ徳を気にしていたようだ。どうせ聖者になるのは、無理だというのに。
そこでリゲルは、話題が変な流れになっているのを察して変えた。
「そういえば今日の昼、学院長室からお前に似ていて、もっとかっこよくしたような奴が出てきたが、兄弟か何かか?」
「僕はそれほどかっこよくないんだね。でもそれだけの情報だとわかんないよ」
「そいつの連れは、伴侶にしてはかなり年上に見えた。いや、二人とも目元がお前に似ていたな、女性のほうは穏やかな目というかなんというか……」
「あっ、それたぶんソフィア様だ。じゃあ一緒にいたのはラム兄だよ。わぁ、部室に遊びに来てくれたらいいのに~」
リゲルの挙げた特徴で、ソニアはすぐにわかったようだ。長くいっしょに過ごしてきただけあって、特徴は掴んでいる。
「おそらくそうだね。やれやれ、ソニアが兄さんに連絡するから、ややこしいことになってきた気がするよ……」
「ああ、レフトールの件か。しかし母はともかく兄が乗り込むか?」
リゲルは、そこまでやるか? といった感じで聞いてくる。
「やるよ、兄さんは」
そこでラムリーザは、兄ラムリアースについて語り始めた。
ラムリーザは、ラムリアースを人生の鏡と言って尊敬している。禁忌に触れなければ、ものすごく気のいい兄さんなのだ。
その点は、夏休みにほんの少しだけ出会うことのできたリリスとユコも、同じような印象を受けたと同意している。
「その禁忌とは?」
ラムリアースが許せないことは、フォレスター家の名誉を汚されることだった。
例えばラムリーザに暴徒が手を上げてくる。それは、その暴徒がラムリーザ、ひいてはフォレスター家をなめているということにつながる。相手にどのような思惑や事情があろうとも、ラムリアースはそう考えているのだ。
二年前にも今回と同じような事件が発生したことがあった。
帝都でラムリーザが暴徒に襲撃されたとき、ラムリアースは酷く憤慨してしまった。その結果、やりすぎとも言えるぐらいとんでもないことを、権力を最大限に使ってやったのだ。
その暴徒は、本人を含めて関係者にまで処分が及び、ことごとく見せしめとして遠方への追放にしてしまったのだ。しかも友好国ではなく、どちらかと言えば粗野な国へ。
それだけではない。
その暴徒の親兄弟の勤め先にも理不尽な圧力――例えば取引条件の見直しを迫り、経営に痛手を与える等――をかけ、フォレスター家の名誉を汚す者が、他人を含めてどれだけ損害を与えるかということを知らしめたのだ。
明らかにやりすぎ感はあるが、ラムリアース自身は名誉をとことん重視していた。
夏休みに見せた、頼りがいのある兄貴の知られざるもう一つの顔であった。味方には最大限に愛情を持って世話を焼き、逆に敵には最大限に冷酷な攻撃をする。これがラムリアースの本質である。
「だから、俺は言っただろうが。知名度と身分の隔たりが悲劇を生み出す、と。レフトールはお前を知らんから手を上げた。それがどういう結果をもたらすか知らずに、馬鹿な奴だ。権力者に逆らわないことをモットーにしているやつが、権力者に手を上げた。ほんと馬鹿な奴だ」
リゲルは呆れたように言い放った。ラムリーザをやっつけると、巨大な力を持ったバックボーンが出てくることは想像できていた。それが、弟思いの兄貴だったわけだ。
「だから、僕はソニアに兄に連絡して欲しくなかったんだよ。こうなること、わかってたんだろ? いや、わかっててあえてやったんだろうな……」
「だって、あいつ許せなかったんだもん!」
「まあいいか。今回は自力で撃退したから『名誉は守ったよ、兄さん』ってところだからね。前の時みたいに、大騒動にはならないはずだよ」
確かに今回は、「相手を教えろ」の後に迎撃したことを伝えたら、それ以上追及してくることはなかった。そうなったことで、要点が結果ではなく、行為のみに絞られているため、「今回は見逃す」といった話になったのだ。
「それで、お前が勝てなかったらどうなってた?」
リゲルの問いに、ラムリーザは答えることはできなかった。もしそうなれば、二度目の見せしめが発生していたかもしれない。
「でもね、だから簡単には負けないようにしたんだよ」
二年前、初めてやられた時も、ラムリーザが負けなければ大騒動に発展することはなかったかもしれない。
大騒動に懲りたラムリーザは、自分の存在をもっと重要視しようと考えるようになり、ちょうど格闘技にはまっていた妹ソフィリータに付き合う形で、少しは鍛えようとしたわけだ。
表向きには、ドラムの演奏をするための腕力トレーニングという形にしていたが、その裏にはこういった事情があった。
そこで得られたのが、打たれ強い身体と、驚異的な腕力である。
今回は、それらのおかげでレフトールに勝てたようなものだから、トレーニングも無駄にはならなかったということだ。
「何はともあれ――」
「レフトールの話はおしまい。リゲルさんの演奏しているこの音楽の楽譜作りますわね。ちょうどメンバーの担当楽器で表現できるので、できたらみんなで合わせましょう」
リゲルが話を続けようとしたところで、ユコが割り込んできて、この話は終わることになった。
あまり面白い話じゃないので、これでやめておいてもいいだろう。
「どうせエロゲの音楽でしょう?」
「清らかさの足りない音楽!」
「何ですの?! じゃああなたたちのパートは要りません! ベースは私が弾きます。ギターパートは別にピアノだけでも良いですわ!」
「選り好みはダメだぞ。あと、歌以外は文化祭が終わってからにしてね。というわけで、次の曲を練習するぞ」
ラムリーザの合図で雑談部は終わり、カラオケ喫茶に向けての練習が再開されたのであった。
ややこしいことになってきたかもしれないが、こればかりはラムリーザにはどうしようもない。なるようになるしかないのだ。
それでも胸の奥に、鈍い棘が残っていた。