風船おっぱいお化け
黄昏の月・旅人の日――(現暦換算:十月六日)
定期試験後に数日間の休みがあるのは、前回の試験の時と同じだ。
今回も、週の前半の三日間に試験が実施され、後半三日間が休みになった。
ラムリーザたちは、前回と同じように部室に集まり、この休みをどう過ごすか話し合った。リゲルもロザリーンと付き合うようになってからは、多少丸くなったようで、こういったレクリエーションに以前と比べて快く参加してくれるようになったのだ。
その結果、そろそろ夏も終わるころだし、一度はプールに行っておこう、という話になった。
待ち合わせ場所は、いつも通りラムリーザの下宿している屋敷前だ。今は車があるから、わざわざ駅やバス停まで行く必要がなくなったのである。
この日の朝、ラムリーザとソニアは朝食を済ませてから出かける準備を始めていた。
ソニアは、気が早いのかすでに水着姿だ。巨大な胸を包み込むには心もとない緑色のビキニが危うい。
普段着の下に水着を着ていけば、プールで着替える時間が短くなって、それはそれでよいと考え、ラムリーザは特に何も言わずにいた。しかし……。
「さてと、行こっかー」
「待て、その格好で出るな……」
ラムリーザは、ソニアが水着のまま部屋から出て行こうとしたので慌てて止める。
「てへっ、やっぱりダメ?」
「そのくらい気づけ、というかわざとかよ……。しかし、下着でうろつくのは恥ずかしいのに、水着だとなぜ平気なんだろうね。どっちも大して変わらないじゃないか」
「それじゃあ、今度下着だけで一緒に散歩してみる?」
「……どうしてそういう話になる。とまあ、のんびりしてないで服を着て行くよ」
というわけで、ソニアは水着の上から普段着を着て、着替えの下着などを鞄に詰めて出発した。
ラムリーザとソニアが下宿している屋敷は、学校からも駅からも歩いて二十分ほどのところにある。駅から学校までは歩いて十分ぐらいの距離で、学校は屋敷よりも駅に近かった。駅から近いというのが、その学校を選んだ理由の一つだった。
リリスとユコは、隣同士に住んでいて、屋敷までは歩いて十五分ぐらいの距離だ。ただ、方角の関係で、学校までの時間はそれほど変わらなかった。
リゲルとロザリーンは、ラムリーザの住んでいる町の駅から帝都方面へ二駅の住宅街に住んでいる。一駅向こうがエルム街というこの地方一番の繁華街で、さらにその先が住宅街ということだ。
これからみんなで行こうとしているプールは、帝都とは反対側の新開地方面へ向かい、車で約十五分というところにあった。そこは、高峰アンテロック山のふもと付近に位置していた。
ラムリーザがリリスたちと合流してしばらく経った頃、リゲルの愛車のビートルがやってきた。助手席にはロザリーンが座っている。
到着するなりロザリーンは、助手席をラムリーザに譲ろうとしたが、ラムリーザは「そのままでいいよ」と言ってロザリーンを押しとどめた。
かつてリゲルは、助手席に乗せる女は自分の彼女しか乗せないと言い張ったことがあり、ソニアを突っぱねてラムリーザを乗せたことがあった。しかし今は、ロザリーンがリゲルの彼女の地位を獲得している。ラムリーザは、空気を読んで自分は後部座席に乗り込もうとしたのだ。
そのとき、ふと気がついた。
「ん? この車の後部座席に四人も乗れるのか?」
ビートルはそれほど大きな車ではない。後ろに四人が乗るには、かなり窮屈だと思われる。
夏休みのキャンプのときは大きなバンだったから、後ろに四人乗っても余裕があった。
「しまった、バンで来ればよかった」
リゲルは自分の頭をくしゃくしゃとかき回しながら言った。
「さて、どうする?」
「ソニアが留守番で」
ラムリーザの問いに、リゲルは何も悪びれずに即答する。
「なっ、なんでよ!」
「だったらソニアは、後ろの荷室に丸まって乗ったらどうかしら、くすっ」
リリスも調子に乗ってソニアをいじりだす。
「だったらトロッコ引っ張ってきて、そこにリリスが乗ったらいいじゃないの!」
「はいはい、落ち着こうね」
ラムリーザはソニアを抱え上げ、後ろからなだめるように言った。片腕でひょいと持ち上げる。
「やーん、下ろしてよぉー」
ソニアがじたばたともがくのを無視して、ラムリーザはユコから順に後部座席に乗り込むよう促した。リリスには真ん中に入ってもらい、ラムリーザはソニアを抱きかかえたまま最後に乗り込んだ。
四人並ぶのは厳しくても、三人ならなんとか座れる。そういうわけで、ラムリーザはソニアを抱きかかえることで、座席に座る人数を三人に絞ったわけだ。
乗り込むまではもがいていたソニアは、ラムリーザに抱っこしてもらっている形になっていることに気がついて上機嫌。リリスなどは、「場所代わる?」とか聞いてくるが、ソニアは「絶対に嫌!」と答えるのだった。
今回はキャンプと違って、荷物は着替えぐらいなので鞄も小さく、後ろのトランクにまとめて入れることができたのだ。問題なし、プールに向けて出発!
ポッターズ・ブラフ市民プール。
学校は試験明けの休日となっているが、世間では平日なので人は多くない。若者がちらほらいるのは、ひょっとしたら同じ学校の生徒かもしれない。あとは、おじいちゃんやおばあちゃんが水の中でウォーキングしているぐらいだ。
「ソニアのおっぱいに視線が集中、くすっ」
「規格外の5kgですものね」
「うるさい!」
プールサイドに集まるや否や、リリスとユコはいつものようにソニアを挑発する。もうお決まりのパターンだ。そんなに人が多いわけではないので、視線が集中するほどでもない。

ソニアはそんな二人を振り切って、一人プールに飛び込んでいった。さすがに今回は、海だーなどとは叫ばなかった。
「あ、準備運動――」
「こら、飛び込み禁止と書いてるぞ!」
ラムリーザとロザリーンの注意が同時に飛び交う。
しかしソニアは、全く耳を傾けずに「あー、胸が楽」とか言いながら水をパシャパシャやっている。つまり、また水から上がったときに重いと言ってへたり込むのだろう。
しばらくの間、一同は適当に泳いだり水をかけ合って遊んでいた。
リリスのお気に入りは、ラムリーザに足の裏から持ち上げてもらって、思いっきり水面からジャンプすることだった。まるでイルカの曲芸で、ラムリーザの桁外れの腕力ならではの遊び方だ。身体が完全に水面から飛び出るので多少危険だが、リリスは空中でクルリと回って楽しんでいた。
そこにトラブル発生!
泳いでいた小学生ぐらいの子供が、ソニアの胸に頭から衝突!
「うわっ」
ソニアはびっくりしてのけぞり、リリスはくすっと笑って言った。
「クッションがあってよかったね」
「なっ――」
ソニアがリリスに突っかかる前に、子供が真顔でソニアの巨大な胸を指差して大声で叫ぶ。
「うわーあっ、何この風船みたいなおっぱい!」
それを聞いて、リリスやユコは吹き出してしまう。
「なっ、おまっ――、おんどりゃあ!!」
ソニアは一瞬うろたえた後に、顔を真っ赤にして子供相手に怒鳴りつけた。あまりの理不尽さに、どこの言葉かわからない台詞を口にしていた。
「わーん、風船おっぱいお化けが怒ったーっ!」
子供は一目散に泳いで逃げ出す。リリスやユコは、もうニヤニヤが止まらなかった。おそらく新しいネタを仕入れることができたのだろう。
「もうやだ! 休憩!」
ソニアはそう叫ぶと、プールから上がるために手すりに向かっていった。そのまま身体を水面から持ち上げたところで、動きが固まってしまった。そしてそのままへなへなとうつ伏せに崩れ込んでしまう。
「重いのね、1メートル級の風船おっぱいお化け、くすっ」
「重いんですのね、5kgの風船おっぱいお化け」
「うるっさいわね! ふえぇ……」
ソニアは、大きな胸をかかえてなんとか立ち上がると、そのままふらふらとプールベンチに向かっていき、そのまま横になるのだった。
ソニアが一人プールから上がっていったので、他のみんなも一旦ここで休憩することにした。
「ねぇ、ジュース買ってきてよ」
ソニアはラムリーザに買い出しを要求する。その様子を見て、リゲルはフッと鼻で笑って言った。
「使用人が主人に雑用を頼むとは、あべこべだな」
「なによー、あたしは使用人じゃないよ、ラムの恋人! 婚約者よ!」
「ジュースぐらい自分で買いに行け」
「だってぇ……」
ソニアは胸を抱えたまま動こうとしない。重たくて動きたくないのだろう。
「そうよ、婚約者は先走りすぎですわ!」
ユコもリゲルに同調してソニアを攻め立てる。
「なんで先走りなのよー」
「今現在の恋人は、ソニアで別にかまいませんわ。でも、将来の妻が誰になるかはまだわからないですの」
「こ、こいつ……、寝取る気だ……」
ソニアは、ユコをにらみ付けながら言ったが、ユコはすまし顔で知らん振りだ。二人は放っておいて、リリスもジュースを買ってきてと頼んできた。女の子に頼まれたら、ラムリーザは仕方なく席を立つしかない。
「やれやれ、領主様とやらが、こんな平民の使い走りか。威厳もへったくれもないな」
リゲルはそう冷やかしながら、自分も席を立ち、ロザリーンに何がほしいか聞いている。
「まぁ、公の場ではそうやってたらあまり良くないかもしれないけど、私的な場所ではリリスたちとは友人でいてほしいからな」
リゲルは苦笑いを浮かべ、ラムリーザと共に買い出しに向かうのだった。リリスは、友人という扱いに不満がありそうだが、ひとまず今はそれでいいようだ。
ラムリーザは、ソニアたち四人に声が届かないところまで来たときに、リゲルに尋ねてみた。
「平民のミーシャが頼んできたときは、リゲルも聞いてあげていたんだろ?」
「当然だ、お前は間違ってない」
やはりリゲルは根は優しい、ラムリーザは改めてそう思った。
試験が終わっただけで、空気がこんなにも軽い。
こうして仲間と笑ってプールに入るのは、帝都のときとは違う温度がある。
まだ日差しは強い。