静かな怒りと乾いた破裂音、ゴムマリ殉職

 
 帝国歴77年 黄昏の月・森人の日――(現暦換算:十月一日)
 

 勉強会の朝、ラムリーザとソニアはまだ夢の世界にいた。

 それも、部屋の呼び鈴が鳴るまでのことだった。

「ラムリーザ様、お客様がお見えになりましたよ」

「ん?」

 使用人の呼び声で目を覚ましたラムリーザは、ぼんやりと時計を見た。時刻は八時二十分。起きるには少し遅めで、客が来るには早すぎる時間だ。

 客が来た以上、とりあえず起きることにしよう。

 ラムリーザは右脇に引っ付いてきているソニアをそっと引きはがし、身体を起こした。まだ寝ているソニアの身体を揺すってみるが、起きてこない。

「こらー、起きんかー」

 ソニアの耳元で、少し大きめの声を出してみる。

「なぁにー、知恵の輪カチャカチャー」

 ソニアはどんな夢を見ているのだろうか。妙な寝言で返事するだけで、起きてくる気配を見せない。仕方がないので布団を剥ぎ取り、卓上時計のひんやりした金属を頬に当てた。

「ふえぇっ! な、何?!」

 感度抜群、ソニアは身体をビクッと震わせて、一発で目を覚ました。

「……起きたな。客だよ」

「んー」

 こうして、今日が始まった。

 

 部屋に現れたのは、いつもの通学かばんを手にしたリリスとユコだった。学校に行くのと同じ時間に家を出たので、到着が早かったのだ。

 ユコは普段と変わらない表情をしているが、リリスはなんだか面白くなさそうだ。まあ、今日は遊びに来たのではなくて、試験勉強をやりに来たのだから仕方ない。

 ラムリーザは、部屋の中央にあるテーブルに、椅子を四脚並べて準備をする。普段はソニアと二人だけなので、四人掛けのテーブルだが、普段は椅子を二脚だけ出し、残りは片付けていた。

「ほら、準備ができたぞ。早速勉強を……」

 ラムリーザが振り返ったときには、ソニアたち三人は、ソファーに陣取って並んで腰掛け、今まさにゲームを始めようとしているところだった。

「あ、これこないだ出たばかりの新しい格闘ゲームですのね」

「ユッコもやるの?」

「そんなに一生懸命にはやってないけど、時々遊んでますわ」

 ソニアは早速格闘ゲームの準備をして始めようとしている。

 このままでは勉強会がゲーム大会になる。ラムリーザは、ユコたちがソニアに萎える言い方で止めに入った。

「ユコ、そのゲームをソニアとやっても楽しくないぞ」

 どうせソニアは、ハメキャラでハメ攻撃ばかりするだろう。

「え? ラムリーザ様は楽しくないんですの? 私はリリスとよく対戦していたけど、ソニアと対戦するのもなんだかワクワクしますわ」

「いや、絶対つまらんから……ワクワクしないから……」

「つまんないことないって、ラムが下手なだけ」

 ソニアは、不満そうな顔でラムリーザに文句を言って、すでにゲームを立ち上げている。

 まあいいだろう。どうせすぐにソニアとの対戦に嫌気が差して、やめることになるだろうと考えて、ラムリーザは、テーブル席についてゴムマリを握りながら待つことにした。

「で、ユッコとリリスで、どっちからあたしに挑戦するの?」

「ユコどうぞ」

 リリスはユコに先にプレイさせて、ソニアを偵察することにした。

「うふっ、やっぱりサタンパピー様ですわ。この仮面に隠された美しい顔が良いんですの」

「ふんっ、イケメン好きの面食いめ。そんなんだったら、ラム以外のイケメンに付きまとえばいいのに」

「あら? ラムリーザ様も十分イケメンですの。そういうソニアは誰を使うんですの? ザンギュラ?」

「そんなむさくるしいおっさんは使わん。やっぱりヴェガだよねー。ほら、やっぱあたしのイメージカラーって緑じゃん。だから2Pカラーのこいつ使うんだよねー」

「それは詭弁だからな……」

 ラムリーザがぼそりとつぶやくが、三人の耳には届かなかったようだ。

 そのような言い訳をしてハメキャラを使うことを正当化しているだけだ。緑色を選ぶなら、野生児を選べよ、などとラムリーザは思っていた。多少イラつき、自然とゴムマリを握った手に力が入る。

「悪の組織なんかには負けませんわ」

「いや、ユッコのキャラもその組織の一員だから」

「いいのいいの、イケメンだから許しますわ。というわけで、ヒョーッ!」

 ユコの妙な掛け声を合図に、ソニアとユコの対戦が始まった。

 勝負開始直後、ユコの選んだキャラは大きく飛び上がり空中殺法を使った。ソニアは落ち着いてガードすると、突進系二段蹴りを放った。その攻撃をユコもうまくガードする。しかしそれで終わらないのが、インチキソニアだ。

「ドカドカ、ドン、パン、ドカドカ、ドン、パン、ドカドカ、ドン、パン、ドカドカ――」

「何ですの?! もう!」

 ソニアは「ドカドカ」と口で言いながら、ひたすら突進系二段蹴り、しゃがみパンチ、立ちキックを繰り返している。ユコはただガードしているだけで、攻撃が途切れるのを待っているが、ソニアの攻撃はちっとも止まらない。ダブルニーハメだ。

 ユコはしびれを切らせて反撃をしようとするが、その瞬間ガードを解いたところを狙われ、連続攻撃を食らって気絶してしまった。

 すぐさまソニアは投げ技を放つ。

「サイコ重ねておくね――」

 起き上がりに技を重ねて追撃するが、ユコはうまくガードした。

「――じゃあ投げるね」

「そういうことね……」

 リリスは顔をしかめて呟く。ソニアがどういったプレイヤーなのか、十分にわかったのだろう。

「ああもう、何なんですの?!」

 結局ユコは、ほとんど何もできないままやられてしまったのだ。

「ほらつまらんだろ、勉強するぞ」

「次は私ね」

 ラムリーザの誘いはスルーされて、次はリリスがソニアと戦うことになった。ゴムマリを握るラムリーザの手に、さらに力が加わる。

 リリスは、シュンレイというキャラを選んだ。唯一の女性格闘家だ。

 しかし結果は同じ、「サイコ投げ」と「ダブルニーハメ」の連発で戦いにならない。リリスも結局ほとんど何もできないままソニアに負けたのだった。

「ほらわかっただろ? さ、勉強するぞ」

「ラムは黙ってて。リリスが下手なだけ、赤子のほうが――」

「ちょっと待って、そういうことなら……」

 リリスは、今度は騎士ダリルを選択して挑んできた。

「おーい……」

 ラムリーザの呼びかけもむなしく、ゲーム大会はますます盛り上がっていったようだ。

 リリスの興味は、すでに勉強ではなく、いかにこのずるいソニアを打ち負かすかという方向に向かっていってしまっていた。

 こうしてソニアとリリスの再戦が始まった。

 ソニアはいきなり二段蹴りをぶちかましてくる。だが今回はこれまでとは違った。リリスは飛び上がってバク転をしながら蹴りを放って、ソニアの攻撃を打ち返してしまった。ムーンサルトキックだ。

「むっ?!」

 ソニアは一瞬眉をひそめる。ラムリーザと対戦したときは、一度も迎撃されたことがなかったので、こんな展開は予想していなかったようだ。

 リリスは、迎撃技を出した後、その場にしゃがんでじっとしている。リリスが何もしてこないので、ソニアは近づいてみる。するとリリスは、しゃがんだまま蹴りを放ってきて牽制する。

 ソニアはさらにむっとすると、今度はオーラを纏った突進技を放った。これは燃やされるか、ガードしても投げられるというせこい技だ。しかしリリスは、またしてもムーンサルトキックで迎撃してしまった。

「な、何よ……」

 ソニアは、自分の得意技をことごとく迎撃されて、少し戸惑っているようだ。一方リリスは、ソニアの技の出を見極めるために、真剣に画面を見つめている。

 ソニアが警戒して距離を取ると、リリスは今度は「まねっこぷー」とつぶやいて飛び道具を放った。ソニアはジャンプでかわし、今度は飛び蹴りを仕掛けてみたが、リリスは落ち着いて撃ち返す。攻撃を当てると、またその場にしゃがんで動こうとしない。

「リリス、待ちダリルはやらないって決めましたのに……」

「いいの、こいつはせこいからこのぐらいで十分」

 ユコはなにやら専門用語でリリスの行動を否定したが、リリスは知らんふりをしている。

 ソニアは結局、攻めあぐんでそのままタイムアップ負けしてしまった。納得いかない様子でリリスを責め立てる。

「ちょっと! 何だかわかんないけどずるいよ!」

「あなたが言えた立場かしら?」

「ほら、もういいから勉強するぞ!」

 ソニアとリリスが、なんだか険悪な感じになってきたので、ラムリーザはさらに語気を強めて呼びかけた。

 しかし、ラムリーザがイライラしていると気がつかない二人は、再戦を開始してしまった。使っているキャラクターは、さっきと同じだ。

 今回は、ソニアは様子を見て後ろに下がる。一方リリスは、その場にしゃがんで何もしてこない。いわゆる待ち戦法を使っているのだ。

「ちょっとリリス?!」

 ソニアが激高した瞬間を狙って、リリスは飛び道具を放ってきて、ソニアにヒットさせる。怒ったソニアは、再びオーラをまとった突進技を繰り出したが、ムーンサルトキックで簡単に迎撃されてしまった。

 ソニアは、「ふじこふじこ!」とわけのわからない奇声を張り上げながら、がむしゃらに突っかかっていくが、リリスは落ち着いて迎撃に専念している。ただし、リリスから動いて攻めることは一度もない。

 ソニアがうろうろしている間に、再びタイムアップでソニアの負け。

「国へ帰るんだな、お前にも家族がいるだろう? くすっ」

「も、もう一回!」

 三戦目が始まったが、リリスはまたしてもその場にしゃがみこんで動かない。

 ソニアは、今度は二段蹴りを放ってみたところ、リリスは迎撃せずにガードした。チャンスとばかりに通常技を二発入れて、もう一度二段蹴りを放とうとしたが、今度はムーンサルトキックで迎撃されてしまった。

「むっきーっ!」

 結局同じような展開でソニアのタイムアップ負け。

 そして第四戦目が始まった。

 ソニアはイライラしているのか、貧乏ゆすりが止まらない。リリスは落ち着いて画面を見ていて、ユコはソニアの様子を面白そうに見ている。

 しかしこのとき、ラムリーザは、ふっと息を吐いた。声を荒げるより先に、目だけが冷えた。

 リリスは今回も、しゃがんだまま動かな――。

「むぎゃおーーーっっっ!!!」

 ソニアは大声を張り上げて、リリスに持っていたコントローラーを投げつけた。

「何よ、暴力ヒロイン」

「うっさいがーっ!」

 ソニアはリリスに飛びかかると、ソファーの上に押し倒して上にのしかかる。馬乗りの体勢になって、リリスの頬を引っ張った。リリスも負けじと下からソニアの顔に手を伸ばして――。

 

「うるぁああああ!!」

 

 部屋にラムリーザの怒声が響き渡った。

 辺りはシーンと静まり返り、ソニアもリリスも動きが止まった。ユコも怯えたように、視線をラムリーザとソニアの間でさまよわせている。

「勉強するぞと言ってるだろうが!」

「でもラム、リリスがせこい……」

 そういうソニアの口調は弱々しい。ラムリーザが怒っていることがわかったために、いつものように強気で出られないのだ。

「でも何だ? 今日は何しに来たんだ? お前らが勉強できんから、一緒にやろうって言ってるんだろうが!」

「そんな、私は平均点は取れてますわ!」

 ユコは思わず反論したが、それはかえってよくなかった。

「うだうだ言ってねーで、俺の言うこと聞けぇ!」

 ラムリーザは激高して腕を振り上げ、握っていたゴムマリを投げつけ――。

 

 いや、ゴムマリを投げつけるのは、寸前で思いとどまった。ギリギリのところで理性が働き、女の子にものを投げつけるのはよくない、と判断したのだ。

 しかしラムリーザのイライラは最高潮。腕を振り上げたまま、ゴムマリを握る手にさらに力が込められ――。

 

 パアーン!

 

 静まり返った部屋に、何かが破裂したような乾いた音が響き渡った。

 ソニアたちは、何の音かわからずに、ぽかーんとしたままラムリーザのほうを見つめている。
 

 
 ポトリ――。

 その時、ラムリーザの手から潰れたゴムマリが落ち、テーブルに転がった。怒りに任せてゴムマリを握り潰して、破裂させてしまったのだ。

「ヒッ……」

 何が起きたのかを理解したユコが悲鳴を上げる。

 ソニアも「やばっ」とつぶやいて、リリスを押しのけてテーブルに向かってきた。

 ほどなくして四人はテーブル席につき、教科書とノートを広げていた。

 ラムリーザは小さく頷いた。

「うん、これでいい。もう赤点取らないように、しっかりと勉強するぞ」

 ユコは「赤点は取ってない」と言い返したかったが、テーブルの真ん中に転がる潰れたゴムマリが目に入ると、何も言い返せないでいるのだった。

 

 

 その勉強会の雰囲気はというと――。

「さて、因数分解は理解しているかな?」

「わかんない……」

 ソニアは基礎からダメなようだ。

「私は知っているわ」

 リリスは少しはましか?

「スプラッシャーの固有技でしょ?」

 ラムリーザが返せずにいると、ユコが突っ込んできた。

「それは分子分解ですの!」

 ダメだ、リリスもダメだ。ゲームと勉強の区別すらついていない……。

 こうして、ようやく前途多難な勉強会が始まったのであった。

 ため息をつく代わりに、ラムリーザは潰れたゴムマリを指で転がした。

 こんなことで怒鳴りたくはない。けれど、赤点だけは絶対に避けさせる。

 守るべきものが増えるほど、優しさには時々、強さが混ざる――。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若