電話とやきもち
帝国暦九十二年 静寂の月・創世の日(現代暦:十二月中旬)
ラムリーザとソニアの二人は、エルドラード帝国の最西端にある、ポッターズ・ブラフという町に住んでいる。二人はそこで、ラムリーザの親戚の屋敷の一室に下宿しているのだ。
二人は同じ屋敷に暮らしているというより、ほとんど同棲みたいなものだ。学校から帰ってからの自由時間は、ほぼいつも一緒に過ごしている。もっとも、学校でもだいたい一緒にいるようなものだが。
この日の夜、ソニアは部屋にあるテレビの前でソファーに座り、ゲームに夢中になっている。ゲーム好きなソニアにとっては、特に珍しくもない光景である。
ラムリーザはというと、ソファーでソニアの隣に座って、ぼんやりとゲーム画面を眺めていた。ソニアがゲームをプレイして、ラムリーザがそれを眺めている。この形式も、二人の間ではよくある日常の一コマになっていた。
窓の外には「静寂の月」らしい冷たい闇が広がっているけれど、この部屋だけはテレビ画面の放つ鮮やかな光と、ソニアが発する熱気で満たされている。
ソニアは最近、格闘ゲームをあまりプレイしなくなっていた。夏休み明けの試験勉強の日、リリスと喧嘩になってラムリーザに怒られて以来、格闘ゲームから少し離れているのだ。ラムリーザにとっては、ハメ殺されなくなっただけでも、ありがたいものだった。
今、ソニアがプレイしているゲームは、普通のロールプレイングゲームのようだ。
最近、新しいゲームが出たというので、それをプレイしている。クリスタルが砕けただのなんだのと騒いでいたようだが、ラムリーザにとってはよくわからないことだし、深く気にしていなかった。
願わくば、ヒロインが二人いて、選択式みたいな作りではなく、リリスと喧嘩するようなことがなければそれでよかった。
「ふぅ、ゲームの話がわからなくなってきた。適当に実況しながらプレイしてくれないかな?」
「実況? えーとね、今いる第三世界は、第一世界と第二世界が合体してできた場所で――」
こうしてソニアが今プレイしている状況の説明を始めたとき、ラムリーザの携帯型情報端末キュリオが、通話の着信を示すメロディを奏でた。
ラムリーザは「誰だろう?」と端末の画面を覗き込む。そこには「ジャン」と表示されていた。だからラムリーザは、いつものようにおどけた態度で電話に出た。
「なんじゃ? わしを大神官バアゴンと知っての狼藉か?」
電話の向こうからは「我は破壊神ジドウだが何か? そなたが生贄になるか?」と返ってきた。いつものようにジャンもふざけている。
ソニアはゲームを続けたまま、ちらりと怪訝そうにラムリーザを見て、「誰よ?」と言った。だがラムリーザは聞こえないふりをして会話を続けた。
ジャンの話は、明日のライブの打ち合わせだけでなく、明後日の休日に、ラムリーザのところへ来てゆっくりと話がしたいというものだった。新開地フォレストピアのことについてらしい。
「――それじゃあ、また明後日かな」
「そうだね」
こうして一通りジャンとの打ち合わせが終わったところで、ソニアはゲームにポーズをかけて、ラムリーザのそばにくっついてきて「ねぇ、誰よ?」と問いかけた。怪訝な視線は険しいものへと変わっていた。
ラムリーザは、この娘はいったい何をそんなに警戒しているのだと思いながら、「ジャンだけど」と答えた。するとソニアは、何事もなかったかのようにゲームへと戻っていった。
「……と、切る前に今の何? 何しよん?」と、電話の向こうからジャンの不思議そうな声が聞こえた。
「ソニアがゲームしてるの見ていた」
「ああ、同棲しているんだっけ?」
「そうなるねぇ……」
そんなこんなで、しばらく話が続いた。
「今、どんなゲームやってる?」
話の内容は、いつの間にかソニアのプレイしているゲームの話になっていた。
「ええと、第三世界は、第一世界と第二世界が合体したらしい――」
これは、電話の前にソニアから聞いた内容だ。
「――なんか人が、黒いところに吸い込まれているみたい。マッル! たすけておくれー!! とか言ってる。なんか主人公の故郷が吸い込まれたみたい」
これは、今まさにテレビ画面に表示されている場面の実況だ。
向こうからは、「マッルといえば、最近出たゲームの主人公だな、『クリスタル戦記』か」と言っている。
少しの間、ラムリーザの実況が続いたあと、「それでは明後日」となって、通話は終了した。ラムリーザは、キュリオをテーブルに置き、ソファーに深く座り直した。
ラムリーザは、再びソニアのプレイしているゲームを眺めることになった。先ほどのロールプレイングゲームは終わりにして、今度は、アクションゲームらしきものをプレイしている。
何やら夜の海岸を探索しているようだ。周囲には黒く大きなイカのようなモンスターがうろついていて、ソニアは時折斬りかかって退治している。
見ているだけに飽きてきたラムリーザは、そっとソニアにちょっかいを出してみた。ソニアが気がつかないので、大きな胸を軽く指先でつついてみる。
「ゲーム中に胸触るな!」
ようやくラムリーザのいたずらに気がついたソニアは怒ってしまった。ラムリーザは気にせずに今度は、ココちゃんを抱き上げてソニアの目の前に差し出した。ソニアは視界を塞がれて操作を誤り、キャラクターをつり橋から転落させてしまった。それだけでゲームオーバーになってしまったようだ。
「もー! ラムのせいでやられた!」
「やられたねぇ」
「ラムの馬鹿! ふえぇ……」
毎度の展開にラムリーザは軽く笑い、ソニアから手を離し、ソファーにもたれて大きく伸びをした。
そのとき、ラムリーザのキュリオが、再び通話の着信を示すメロディを奏でた。二人は同時に端末を見つめ、ソニアはそのまま、端末を手に取るラムリーザをじっと見ていた。だがゲームのほうで、先ほどの巨大イカが襲い掛かってくる音がしたので、ソニアはラムリーザから目を離して視線をテレビに戻した。
ラムリーザは、キュリオの画面を見て、そこに表示されている発信者の名前を見て、顔を少し引きつらせた。画面に躍る「リリス」の三文字。それはこの平穏な夜を粉々に砕く、最凶の起爆スイッチに見えた。
ラムリーザがちらっとソニアのほうを見ると、ちょうどソニアもこちらを見ていて二人の目が合った。すぐにソニアは、「誰よ?」と問いかけた。
「リ、リゲルからだよ」
リリスと言いかけたが、すんでのところでリゲルと誤魔化した。正直にリリスからだと答えたらうるさいので、ここは嘘を突き通すことにしたのだ。
ソニアは一瞬、いぶかしむような視線を向けたが、すぐにゲームへ戻っていった。ゲームオーバーになったアクションゲームをやめて、先ほどやっていたロールプレイングゲームの続きを始めた。
ラムリーザは、ソニアに気づかれないようにリリスとの会話を続けた。まるで爆弾のそばで話をしているような気分で……。
「いや、そんなことないよ。僕もモデルさんみたいでかっこいいと思ってるし……」
話の内容はたわいもない雑談だ。ラムリーザは、ソニアに気づかれないように言葉を選びながら、相槌を打っていた。
「……モデル?」
だが、ソニアは小さな単語を見逃さなかった。リゲルとモデルについて話すのは不自然だと思ったようだ。再び視線をラムリーザのほうへ向ける。
「いや、リゲルも男性モデルになってもおかしくないぐらい、スタイルいいよね?」
慌ててラムリーザは誤魔化した。電話の向こうから、「リゲルは関係ないでしょう」と返ってくるが、ここは仕方がない。
「でもリリスもそう思うだろ――あ、しまった……」
ついうっかりリリスに同意を求めてしまった。
当然ながら、すぐにソニアは振り返り、険しい目つきでラムリーザを見つめた。
「相手はリリスだな?!」
ソニアはゲームのコントローラーを放り出すと、ラムリーザに飛びかかってきた。キュリオを取り上げようと手を伸ばしてくる。
そのとき、電話の向こうから、「ソニアがそばにいるのね?」と聞こえた。
「えーとね――こら、引っ張るなって!」
ソニアはラムリーザにしがみつき、キュリオを持つ手を引っ張る。
「リリスと電話禁止!」
「いや、電話ぐらいいいだろう――って、こら!」
とうとうソニアは、ラムリーザの足の上に乗ってしまった。ソファーに座っているラムリーザの太ももの上に乗りかかり、「ラム! 電話をよこせ!」とものすごい剣幕だ。
ラムリーザは、これ以上通話するのは不可能だと判断し、「えっと、リリス、ごめん。明日またライブで会おう」と言ってすばやく通話終了ボタンを押した。
「はい、電話終わったよ」
そう言ってソニアに「通話終了」と表示されているキュリオを見せて、肩をすくめる。
ソニアは不満そうな顔で、しばらくの間ラムリーザとキュリオを交互に睨みつけていた。ゲーム画面では、巨大なボスキャラのようなものの前で、主人公が立ち尽くしている。
「ほら、なんか怖そうな敵が待ち構えているよ」
怖そうな敵に睨みつけられているラムリーザは、そう言ってソニアを引き離そうとした。しかしソニアは、ゲームを放り出してソファーから立ち上がり、自分のキュリオを取りに向かった。
ラムリーザは、嵐が去ったとばかりに一息ついてソファーに座り直した。
ソニアは、何やら高速でキュリオの画面をタップしている。おそらくメールでも打ち込んでいるのだろう。さっと打ち終えると、してやったりといった表情でラムリーザのほうを見つめた。
そんな目つきで見られても知らない、とラムリーザは思い、目を逸らした。そのままソファーに戻ってくると、そばにキュリオを置き、転がっていたコントローラーを拾い、再びゲームを開始した。
すぐに、ソニアの端末が、メールの受信を示すメロディを奏でた。
その音を聞いたソニアは、ラムリーザにコントローラーを押し付けると、再びキュリオを手に取った。少し操作すると、その表情が憤怒の形相へと一変する。そのまま先ほどと同じように、すごい勢いで何かを打ち込み始めた。
ラムリーザは、得意げにメールを打ち終えたソニアをちらっと見ただけで、押し付けられたコントローラーを操作してゲームの続きを開始した。画面は戦闘シーンに切り替わり、巨大な敵が画面の左から迫ってきていた。「こいつを倒してから寝るか」とラムリーザは思う。そろそろ寝る時間だと気づいたのだ。
そのとき、再びソニアのキュリオがメールの受信を示すメロディを奏でる。そしてソニアは、また画面をタップし始めた。
ラムリーザは、またメール戦争が始まったな、と思いながらゲーム画面を見る。巨大な敵は、「私はネオエクソダス。すべての存在を消し、そして私も消えよう! 永遠に!」などと言っている。物騒なやつだ。
「そういえば、あの白いぬいぐるみは最近どうしてる?」
「白いぬいぐるみ? ココちゃん?」
「名前は何でもいいけど、最近かわいがってないみたいだし、ベッドの上にでも置いておくか?」
ココちゃんと呼ばれたぬいぐるみが、テレビとソファーの間に転がっていることに気づいたラムリーザは、ソニアに聞いてみた。
「ダメ! ココちゃんはクッション! クッションはクッションらしく、下に置いておくものなの!」
ソニアは、キュリオをのぞき込んだまま、怒ったようにまくし立てる。
「そうか? 別にベッドの上に置いていてもいいような気がするけどな」
「ぬいぐるみならばベッドの上に置いてもいいけど、クッションのココちゃんはダメ!」
ラムリーザは、何がダメなのかよくわからなかったが、ソニアがそう言うので、とりあえずは深く考えるのはやめた。ただ、床に転がっているのは気の毒なので、ソファーの端に座らせてやる。
するとソニアは、ココちゃんを膝の上に乗せてぽこぽこ叩きながら、メールを打ち始めるのだった。

先ほどとは変わり、ラムリーザがゲームをプレイし、その横でソニアはキュリオのメールと格闘している。
これもまあよくあること。さほど珍しいことではない。日常の一コマだ。
明後日ジャンが来る。新開地フォレストピアの話を、落ち着いて聞く時間になるはずだ。
それまでの間に、ソニアのメール戦争もココちゃんの矜持も、いつも通り続くのだろう。
