想い出のその先へ
帝国暦九十三年 芽吹の月・賢者の日(現代暦:三月上旬)
この日は、帝都にある一流のナイトクラブ、シャングリラ・ナイト・フィーバーでライブをする日だ。そしてこの日のライブでは、二つの大きなイベントが用意されていた。
「今日は、二つのメインイベントがあります」
ライブの開始前に、進行役のジャンもそう紹介していた。……少なくとも、最初は。
しかしイベントの前は、いつものノリでいこう!
ラムリーザは、いつものようにラムリーズを率いて、ライブを開始した。この日の曲目は、意図的に「総集編」に寄せて、これまでに観衆の反応がよかった曲を選んでいた。いわばベストアルバムのような構成だ。
また、この日はユコが参加する最後のライブでもあった。あと数日でユコは新天地へと旅立ってしまう。結局、今後もライブだけでも参加する、という話はうやむやになってしまっていた。
そんなこともあり、ユコはこの一年を思い出しながら演奏していた。思わず涙ぐみかけたが、メインボーカルではないので涙声を聞かせることはなかった。
観客席には、レフトールとマックスウェルの二人の姿があった。
この二人は一流ナイトクラブの客としては似つかわしくないが、ラムリーザの友人ということで、特別に入場を許されたのだった。
「これがあるから力のある人につくのはやめられねぇよな。ラムさん最高だぜ、ここの飯もうまいよなぁ。ほらマックスウェル、お前ももっとノリノリにだな、飯もうまいぞ」
「食うのか踊るのか、どちらかに絞ったほうがいいと思うんだな」
マックスウェルは、落ち着いた様子でステーキにナイフを入れながら、同じようにナイフを握ったまま縦ノリしている落ち着かない友人に答えた。
「腰を振りながら肉を食うのも難しいもんだな」
身体を揺らしながら食事をするものだから、肉汁や肉の欠片が周囲に飛び散ってしまい、見た目にも汚い。
「おいレフ、変なことしてないで、ステージで演奏しているあのおっぱいちゃんを見てみるんだな」
マックスウェルは、ステージをフォークで指し示してレフトールを注目させた。
レフトールが目をやると、そこにはノリノリで演奏するソニアがいた。リズム良く縦ノリするたびに、その大きな二つの風船が――。
「おお、おっぱいちゃん!」
「おっぱいちゃん!」
レフトールが叫ぶと、すぐそばの席からも同じような叫び声が上がった。
「なんだ? お前もおっぱいちゃん好きなのか?」
レフトールが振り返ると、そこには同じようにソニアを見つめている一人の娘がいた。
「ソニアのおっぱいは私のものだからね!」
そう宣言したのは、ソニアが去年まで帝都にいた頃の友人、メルティアだ。
「いや、あれは俺のものだ。ラムさんが飽きたら俺に譲ってくれることになっている」
そう言い張っているだけで、実際はそんな約束はない。五千年もすればさすがに飽きるとは言っていたが、五千年である。これはありえないという意味だ。
「いや私の!」
変なところで、レフトールとメルティアのにらみ合いが始まってしまった。
マックスウェルは、「あほらしいんだな」とつぶやき、スープをすすった。
「みなさんありがとう、それでは最後の曲、『想い出のその先へ』いきます!」
ラムリーザの曲紹介で、ラムリーズのラストナンバーが始まった。
黄昏(たそがれ)の校庭で最後の風が吹いた
君の横顔だけずっと見ていた気がする
交わした約束よりこぼれた笑顔のほうが
胸の奥を温めて離れなくなる
それを聞いて、ジャンは「あれ?」と首をかしげる。
ジャンの記憶では、ラムリーズのラストナンバーは、毎回ドキドキパラダイスの「きーらきーら」だった。だが思い返してみれば、このところその曲をやらなくなっていた。
実はあの大寒波の日に、雪が降るほどの寒さに懲りたソニアは雪が嫌いになってしまった。それが原因で、歌詞に雪が出てくる歌をレパートリーから外していたのだ。しかしジャンは、そんなことを知る由もなかった。
いつか夢の続きでまた出会えたときは
今度こそ迷わずに君の手を取れるように
ふたりで描いた色はずっと消えないから
想い出のその先で「また会えるよ」と微笑むよ
こうしてラムリーズのラストナンバーは終わった。
ソニアとリリスの二人は、綺麗にハモって気持ちよく歌っていたが、それがまたしてもユコの用意したエロゲソングだということを知らなかった。
それを知っているのは、楽譜起こしをしたユコと、プレイ経験のあるリゲルだけだ。観客の中には知っている人もいるかもしれないが、こういった曲をやるのもラムリーズの特徴だと今では受け入れられている。
「さて、今日はみなさんにお知らせしたいことが三つあります! メインの三つ、一つずつやっていきましょう!」
数グループのライブが終わり、一段落したところでジャンはメインのイベントに移った。イベントを挟んで後半に移る意図がある。さらに、汽車で遠くへ帰る必要のあるラムリーザたちは、最後まで残れない。それも考慮したプログラムだった。
「増えたね」
ラムリーザはつぶやいた。それを聞いたソニアが、ステージに野次を飛ばす。
「最初二つって言ったのに、三つになった!」
「今日は、三つのメインイベントがあります!」
ソニアの指摘を受けて、ジャンは強引に三つと宣言し直した。ソニアはまだ何かを言いたがっていたが、ラムリーザは袖を引っ張って押しとどめる。
「それでは早速一つ目! 皆さんにすっかりお馴染みのラムリーズですが、本日をもって、学業上の都合により卒業となるメンバーがいます。それではユコ、ステージへどうぞ」
ジャンの誘導で、ユコはステージへ上がって一礼した。ジャンは話を続ける。
「彼女はこの春から、新天地へと旅立つことになりました。お別れは寂しいけど、出会いの数だけ別れはある、偶然ではなく必然なのです」
「ジャンさん、なんだかよくわからないですの」
ユコに指摘され、ジャンは慌てて「と、とにかくお疲れ様!」と締めくくった。
それを聞いてユコは、笑顔で観衆に手を振って挨拶をした。
「ええと、ラムリーズを結成して以来、今日まで一年弱、ラムリーズおよび私ユコのために、絶大なるご支援をいただきまして、ありがとうございますの」
ユコは、ジャンから受け取ったマイクを手に、お別れの挨拶を述べ始めた。
「私は、今日、引退いたします、我がラムリーズは永久に不滅ですの!」
ユコは力強く言い切ったが、観衆の一部がざわざわとし始めていた。またエロゲか何かのパロディ演説だろうか?
「力強い、本当に力強い、ユコのお別れの挨拶でございました」
とりあえずジャンの締めの言葉で、ユコのお別れ挨拶は終わった。あとは、餞別の花束などが渡されている。
ラムリーザもステージに上がり、ユコにプレゼントを渡す。真珠でできた首飾りで、先端には大きなムーンストーンがはめ込まれている。
「ソニアもこういうの好きだし、ユコもこれで喜んでくれれば、と思って用意したよ」
「うわぁ、ありがとうですの」
ユコは受け取った宝石を少し見て、「ん?」と首をかしげた。
「何か変だった?」
「ラムリーザ様、これ、誕生日にいただいたものと同じですわ」
「…………」
ラムリーザは、誕生日のことを完全に忘れていた。そもそもこれまで誕生日を祝うという概念がなかったラムリーザだから、ユコの誕生日のことは、どうしても印象が薄れてしまっていたのだ。
周囲から笑い声が上がり、ラムリーザは顔を赤くしてうつむいてしまった。
「あ、いいですの。同じ金のネックレスをたくさんジャラジャラとつける人もいますし、私も首飾りをたくさんつけますわ」
尊敬するラムリーザがうろたえるのを見て、ユコは慌ててフォローする。
「あたしはこれ!」
ちょうどいいタイミングで、ソニアもプレゼントを渡しにステージへやってきた。なにやら大きな包みだ。
ユコが包みを開くと、ずんぐりむっくりとした、帽子をかぶった白いぬいぐるみが現れた。

「あ、ココちゃんぷにぷにクッション!」
そういえば、ユコはこのぬいぐるみを欲しがっていた。
「そう、ココちゃん。ぬいぐるみじゃなくてクッション。でもあげるわけじゃないからね、次にまた会う日まで貸してあげる。ココちゃんをあたしだと思って可愛がってね!」
「つまり、ソニアは人間じゃなくてぬいぐるみということになる」
ソニアの面白い行動に、ラムリーザはいつもの余裕を取り戻していた。
「違う! クッション!」
それに対するソニアの返事は、意味不明だった。
リリスとロザリーンは、無難に花束。そしてリゲルは、小さな包みをユコに手渡した。
ユコが包みを開き、「あっ、チョコレートですの!」と驚いた。
リゲルはオークション事件のとき、ソニアに酷いことをしてしまった。しかしチョコレートをプレゼントすることで彼女の機嫌が直ったことを覚えていたので、今回もまた餞別品として贈ってみたのだ。
「あたしもチョコレート欲しい」
などとソニアはリゲルにせがむが、リゲルはさっさとステージを降りていってしまった。
「そして二つ目!」
ユコの餞別が終わり、ジャンは次のイベントへと移った。
「ラムリーズは今日の演奏をもって、この一号店とはお別れとなります。彼らには、この春からは二号店を主戦場としてやっていってもらう予定です。ラムリーズに会いたい方は、ぜひとも新開地、フォレストピアへお越しください!」
観衆から、「アンコール!」の掛け声が響き渡る。
ラムリーザたちは、ジャンに促されて一曲だけ演奏することにした。
キラキラ煌めく光が、二人の未来を照らすように
手紙に綴ったぎこちない文字、季節を越えても色褪せずに残る
涙を隠して大人になっても、優しさの温もり忘れはしないから
フワフワ降り積む夢のかけら、心の隙間を包むように
夕暮れの空へ願いを乗せて、そっと囁くよ「そばにいて」
たとえ世界が崩れても、あなたと描いた夢は消えない
重ねた時間が導いてくれる、夕陽も木漏れ日も思い出もすべて
君と出会えた奇跡に、ありがとう――
結局歌うのか。雪はもうこりごりじゃなかったのか? などとラムリーザは思うが、ソニアが言うには、雪は嫌いだけどそれはそれ、これはこれ、歌は好きということだ。
ならばなぜここしばらくレパートリーから外していたのか? という話になるが、それはもうどうでもいい。
でも、「君と出会えた奇跡に、ありがとう」というフレーズは、今の場面にふさわしかった。
「そして最後のお知らせです」
ジャンは一呼吸置いて、少しだけ照れたようにマイクを握り直し、最後のイベントを発表した。
「最後に、この俺、ジャン・エプスタインも、二号店の支配人見習いとして本格的にやっていくことになりました。つまり、一号店の皆さんとは、俺もお別れです。この一年、一号店で学んだことを活かして二号店、俺の店を、俺のやり方で発展させていこうと考えておりますので、どうか遠い地での俺の活躍を、応援してください。そして、俺に会いたい方は、ぜひとも新開地、フォレストピアへお越しください!」
最後の締めは、先ほどとほぼ同じ内容になってしまった。
どうやらジャンが、舞台の勢いで「自分の件」もねじ込んだらしい。そのために、イベントが増えたのだろう。
こうして、ジャンとラムリーズの移動、そしてユコとの別れが告げられた。三つのイベントは終わり、ライブは後半戦へ突入していった。
この一連の流れを、二階の一般観衆席からソフィリータも見ていた。
ソフィリータは、年が明ける前にラムリーザにライブへ誘われて以来、たびたび見に来るようになっていた。
「ユコさんかぁ。美人の後釜が務まるかどうかはわかんないけど、次の春からは私がなんとかしようかな。ちょうどリザ兄様と同じ学校に行くことになったしね。ギターを弾けるから、ユコさんの穴は別の方面からフォローできるわ、そう思うでしょ? ミーシャ」
ソフィリータは、一緒に見に来ていた友人ミーシャを振り返って言った。
「ソフィ……」
ミーシャは、意味ありげな表情を見せて答えた。ただし、声色は相変わらず甘ったるい。
「どうしたのですか?」
「ミーシャもあのラムリーズに加わるかも……」
「えっ? 何だって?」
ミーシャの小さなつぶやきは、ステージの演奏にかき消されて、ソフィリータにはよく聞こえなかったようだ。
いつもどおりに笑って、いつもどおりに終わる。
けれど「いつもどおり」は、こういう夜から少しずつ減っていくのだ。ラムリーザは、今さらながら理解していた。
人々の様々な思いを残したまま、ラムリーズのシャングリラ・ナイト・フィーバー一号店での活動は、ここで静かに幕を下ろした。
その代わりに夜空に浮かぶ月が、これから向かう新天地への道を、静かに、それでも力強く照らし出していた。
