TRPG第三弾「カノコ誘拐事件」 最終話 脳筋親衛隊のハッタリ
白霜の月・詩歌の日――(現暦換算:二月二十二日)
さて、テーブルトークゲームは続いている。
ひとまずカノコは無事に保護できたが、犯人を突き止めなければ気がすまないというソニアとリリスの意見を取り入れて、物語はもう少し続くことになった。
ラムリーザは「毒を誰が、どうやって持ち出したのか」――そこだけが引っかかった。
「でも学院の講師に喧嘩を売ったらまずくないですか?」
しかしロザリーンは慎重だ。犯人候補筆頭のエレンウェンは、魔術師ギルドの講師をやっている。
「気にしない!」
一方のソニアは単純だ。リリスも同意している。なんだかんだで似たもの同士の二人だ。
「ただ、エレンウェンが犯人であるという決定的な証拠がないんじゃないか?」
ラムリーザも慎重論を唱える。それを聞いて、ソニアもリリスも黙り込んでしまった。
「自白させる方法とかないかしらね」
「リゲル、どうしたらいいと思う?」
ラムリーザお得意の、困ったときのリゲル頼みが発動した。
「もともとリップルドールという毒薬を持っているのはアサナ――じゃなくてユウナだけだろ? それならマヒル――じゃなくユウナのところに行ってみて、誰かに貸したとか、その毒薬の置いている部屋に誰か入ったか聞いてみたらいいだろう。アサナ――じゃなくてマヒル――じゃなくユウナにな」
わざとらしく名前を間違えるリゲルを、ユコは不満そうに睨みつけている。ラムリーザとしては、名前の間違いなど朝だろうが昼だろうが夕方だろうがどうでもよかったが、ユコはそうではないらしい。
リゲルは全くの無表情のまま、わざとらしく小首を傾げてみせている。ユコはといえば、手元のメモ帳をペンで激しく叩きながら、「マスターに対する冒涜ですの!」とでも言いたげな抗議の視線を送っていた。
この二人の「静かなる攻防」は、ソニアたちの騒がしさとはまた違った温度の低さがあって、見ているこちらとしては妙に新鮮な気分になる。
「よし、そうしよう。犯人が確定してから暴れようね」
ラムリーザは、ソニアとリリスを諭しながら話を進めた。
「ほいほい。んじゃ再びユウナのお店ですわ。『皆さんおかえりなさいです』と迎えてくれました」
「カノコは元に戻ったの?」
「カノコは、店の奥で寝ています」
「リップルドールの在庫はちゃんとあったんだっけ?」
「在庫はちゃんとあったけど、前置いていたところから動いているみたいですの」
「それ、使われているんじゃないのかな?」
「そうなんですの……」
そこでラムリーザは、あることに気がついて尋ねてみた。
「リップルドールってどうやって使うのかな?」
「あの毒は、ちょっと刃に塗って使えば効果があるんです、とユウナは答えました」
「ということは、例の剃刀に塗って使ったということですね」
これで、犯行の凶器は確定した。あとは、この毒薬を盗んだ者が誰かという証拠が見つかれば解決だ。
「ユウナは、毒薬を保管している地下室に何か怪しい跡が残っていないか調べてほしいですと言ってます。シーフ技能と知力で誰か判定してくださいの」
それを聞いたソニアは、リリスに話しかけた。
「悪党のリリスはシーフ技能持ってなかったっけ? 見た目からして悪党のリリス」
「技能使いたくないからリゲルがやって」
リリスは、むすっとしてリゲルに行動を譲った。リゲルは黙ってダイスを転がす。
「あ、リップルドールの在庫の傍で、何かの毛を発見しました。明るいところでよく見ると、それは猫の毛だとわかりますの」
「猫? ユウナは猫を飼っているのかな?」
「ユウナは猫さん飼っていません。猫さん飼ってるのはエレンウェンです、と言ってますの」
「ファミリアの魔法で盗みを働いたな……」
リゲルは小さくつぶやいた。
ラムリーザが「それは何?」と尋ねると、「小動物を、使い魔にする呪文だ。ソーサラーならお前も使えるはずだ」と答えた。
「僕も使えるって……あ、そういえばルールブックの呪文リストに書いてあった気がする」
慌ててルールブックを読み返すラムリーザの横で、リゲルは「実務に追われて魔術の研究を怠る地方貴族そのものだな」と、これまた的確なツッコミを忘れない。
「う~ん、まだ完全にルール覚えていないな。それなら何を使い魔にしようか」
ソニアが手を挙げて、「オカピとかどう?」と勧めた。
「いや、それは怒られるかもしれん。じゃなくて、最近エレンウェンってここに来たのかな?」
ラムリーザは、それかけた流れを軌道修正した。
「実はこの前ユウナの家でティーパーティーやった、と泣きながらユウナは答えましたの」
「ん~、それなら誰にでもチャンスがあるじゃないか。とりあえずこの前っていつかな?」
「二週間ぐらい前に、研究員みんな集まったと言ってますの。でも、猫の毛が残るとしたら、猫さん飼ってるのはエレンウェンだけですぅ~。テュリウスは鳩さんだし、ユウナとリンナはソーサラーじゃないですの」
その瞬間、ラムリーザは推理の歯車が一つ、静かに噛み合った気がした。
「めんどくさい! なんか自白に効く毒ないの?!」
しびれを切らしたソニアは声を張り上げて問いかけた。
「毒使うのですか? う~ん、ゾンビ・メイカーとか――」
「毒を使って解決するのはよくないぞ」
今日のラムリーザは、ソニアを諭してばかりだ。
「つまり地下にある薬品棚に近づいたのは、使い魔として動かされたエレンウェンの猫だけ、ということですね?」
「よし、エレンウェンをとっちめよう!」
「そうね、これはもうエレンウェンしかいないんじゃないかしら?」
ある程度疑惑が確証に変わりつつあるので、ソニアとリリスは早く戦闘がやりたいためか、話を先に進めたがる。
「よし、行こう。ハッタリかましてでも自白させてやるんだ!」
ソニアがどんなハッタリをかますのか興味深い。
「そういうわけで、ユウナに案内されてみんなは魔術師ギルド前にやってきました」
「ん、エレンウェンさんに面会に来ました」
「エレンウェンですか? え~っと、どのようなご用件でしょう? あ、これは受付嬢の台詞ですね」
「どうしよっか?」
ラムリーザは、リゲルとロザリーンに意見を求めた。ソニアとリリスも動きたがっているが、今はまだ早い。
「ユウナさんを見せて、研究仲間と答えましょう」
「研究仲間と聞いたので、少々お待ちくださいませと言って受付嬢はエレンウェンを呼びに行きました」
「エレンウェンってどんな人だと思う? あ、なんでもない」
ラムリーザは、ユコの視線を感じてリゲルに尋ねるのはやめにした。
「しばらくすると、長い髪をかき上げながら階段を降りてくる一人の女性が現れ、ユウナに講義中に訪問されても困る、と文句を言っています。あ、それであなたたちに気がついて、この方々は? と聞いてきました」
ユコは、まるでそこに本当に大階段があるかのように、人差し指と中指をトコトコと机の上を歩かせてみせた。
「ヒールの音がカツカツと廊下に響きますの。現れたのは、眼鏡の奥で冷徹な光を放つ、いかにも『プライドの高いエリート魔導師』といった雰囲気の女性ですわ」
ユコの声色が少し低くなり、芝居がかった響きを帯びる。こういう時の彼女は、いつもの似非お嬢様モードを忘れて、完璧に世界を支配する「マスター」になりきっている。
「え~と、なんだろ、カノコ親衛隊?」
「やっぱりラムリーザはカノコのことが――」
「いいから話を進めようね」
ラムリーザは、リリスの発言を遮ってユコに続きを促す。
「エレンウェンは、カノコに親衛隊がいたなんて初耳ね。それでカノコ親衛隊の皆様が『何用ですか?』と聞いてきましたよ」
「いや、実際は違うんだけど、どうしようリゲル?」
「親衛隊に任せてみよう」
「リゲル~……」
「こらぁエレンウェン! なんであんなことしたぁ?!」
話の進め方に困ったラムリーザの横で、ソニアが大声でユコを問い詰める。行動の宣言というより、役になりきっている感じがする。
「私に怒鳴られても知りませんの! でもエレンウェンは、あんなことと聞いてぎくっとしたようです。何のことかしら? と少し動揺しているみたいです」
ソニアの声の圧に顔をしかめながら、ユコはエレンウェンの怪しい言動を示した。
「もう、ネタは上がってるんだ、観念しろよーっ」
ソニアは、ダイスを握り締めて啖呵を切っている。ラムリーザに「落ち着け」と肩を押さえられながらも、エレンウェンを演じるユコにはったりをかました。
「この剃刀は見覚えがないの?! あんたの指紋がべったりとついているんだけどね!」
ユウナの地下室で見つけた猫の毛――その話を、あえて伏せたまま剃刀だけ見せるようだ。
ソニアの言うように、実際に指紋が付いていたかどうかは分からない。だが、これで相手の反応を見てみるのもよいだろう。
「エレンウェンはどきっとして答えました。そんな剃刀、雑貨屋にいけばどこにでも売ってるじゃない……ってそんな! ちゃんと手袋はめて――っ!」
「ん? 今手袋はめて、と言ったな?」
「あっさりと自白しましたね」
リゲルがすぐに反応し、ロザリーンも続いた。

「エレンウェンは、『……し、しまったわ! 完璧な犯罪計画が、よりによってこんな脳筋親衛隊のハッタリで……!』と膝をついてガックリとうなだれていますわ」
「事件解決したし、あとはソニアとリリス、お好きにどうぞ」
ラムリーザはゲームを終えて、ソファーに深くもたれ、大きく伸びをした。ロザリーンもそれに倣う。
一方、ラムリーザの隣では、ソニアが待ってましたとばかりにダイスを転がし始める。どこまでやるのかわからないが、エレンウェンをとっちめるらしい。
「このマインド・スマッシャーの錆にしてやるぜっへぇ!」
「エレンウェンはソーサラーですのよ」
ユコも、エレンウェンを操って戦う気満々のようだ。
「エレンウェンにディザームを仕掛けるわ」
しかしリリスは、ソーサラーの持つメイジスタッフを落としにかかった。スタッフがなければ魔法は上手く使えないというルールを突いた行動だ。
「ダメですの!」
「何がダメなのかしら?」
ラムリーザは、ゲームを終えてギターを取り出して奏で始めたリゲルの演奏を聞きながら、下校の時間までのんびりしようと、そっと目を閉じた。
夕暮れの一時、戦いの元気な掛け声が、部室内に響き渡っていた。
オレンジ色の夕日が教室の床に長い影を落とし、埃が光の粒のように舞っている。
画面のない、言葉とダイスだけで作られた冒険は、こうして賑やかな喧嘩とともに幕を閉じる。リゲルの奏でる柔らかな旋律を子守唄代わりに、ラムリーザは重くなったまぶたをゆっくりと閉じた。
明日になれば、学年末試験という名の現実が待っているけれど、今はただ、この騒がしくて愛おしい余韻に浸っていたかった。
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