カラオケ喫茶、開幕!
帝国暦九十二年 播種の月・騎士の日(現代暦:十一月中旬)
帝都シャングリラからポッターズ・ブラフに向かう汽車に、三人の男女が乗っていた。
一人の男性はジャン・エプスタイン。ラムリーザが帝都に住んでいた頃からの親友だ。
ジャンの連れは二人の女性、メルティアとヒュンナ。帝都でソニアと仲が良かった二人だ。
ラムリーザから「学校で文化祭がある」とメールで聞いていたジャンは、ラムリーザの住むポッターズ・ブラフへ向かうことにしたのだった。
ジャンは、久しぶりにラムリーザに会うのは悪くないと考えて、ついでにソニアの友人だった二人も誘った。
いつもはライブのために帝都のクラブへ来てもらうばかりだ。たまにはジャンのほうから乗り込むのも面白い。
そういうわけで、ジャンたちは朝の八時に列車に乗り込み、二時間ほどかけてポッターズ・ブラフへたどり着いた。
「田舎だな」
「田舎ね」
「つまんなさそうな町」
三人とも同じような感想を抱いたようだった。
駅から見る光景は、帝都とは違い大きな建物はなく、のどかな田園風景が広がっている。
隣町の繁華街、エルム街に行けばもう少し賑やかなのだが、ここはこの地方最西端で、特に目立った施設はない。
都会の帝都で暮らしてきた三人の目には、ここはものすごい辺境の地に映ったようだ。
「こんな何もないところに住んでるんだ、ソニアもかわいそー」
メルティアは、建物の少ない風景を見てそう言った。彼女にとって、ポッターズ・ブラフは三日もしたら飽きてしまいそうな町だった。
「アクセサリーショップもあまりなさそうね」
ヒュンナのほうも、あまり好意的ではない。都会育ちの二人は、どうやらお気に召さなかったようだ。
「そういえば、去年の終わりが近づくにつれて、ソニアは元気がなくなっていったねぇ」
「ラムリーザについて田舎に行くのが嫌だったんだろうね」
二人は勝手に想像してそのような会話をしていたが、ジャンは否定する。
「いや、あいつはラムリィと離れ離れになるほうが可哀相だ。ラムリィと一緒だったら、どこにだって行くだろうさ」
「それじゃあ、なんでソニアは落ち込んでいたのよ」
「それは――何だろうねぇ」
ジャンは、元々はソニアがラムリーザと一緒に行かないことになっていたとは知らなかった。ソニアは、田舎に行くのが嫌だったのではなく、ラムリーザと離れてしまうのが嫌だったのだ。
その後、ラムリーザの計らいで一緒に行くことになったのは、周知の事実である。
そんな事情を知らない者にとっては、ここに来てから元気になったとしか見えなかった。
だから、ジャンはこう答えた。
「ソニアは田舎が好きだったんだろう」
それには、二人も反論はない模様だった。
ジャンたち一行は駅を出て、案内地図を見ていた。ポッターズ・ブラフにはあまり建物がないので、帝都と比べて地理はわかりやすい。
「えーと、帝立ウェストウィルド学院高等学校だったっけ。ここか、駅から近いな」
「何その名前、田舎のくせに校名だけはすごくいいじゃないの」
「帝立シャングリラ学院高校のパクリっぽいけどね」
実は帝立の高校は、どの地域に建っていてもすべて「学院高等学校」で統一されている。例えば他にも、帝立ジェラティナスキューブ学院高等学校などというものがある。
「えーと、こっちだな。ああ、あの小山のふもとに学校らしき建物が見えているね」
建物が少なくて見晴らしがいいので、少し離れた場所にある学校が、遠目によく見えていた。
ジャンたちは、迷いようもないわかりやすい道を通って、ラムリーザたちの通う学校へ向かっていった。
よく考えれば、新開地は何もない更地から始まるのだ。この程度の田舎で驚いている場合じゃないな、とジャンは考えながら歩いていた。
学校が近づくと、文化祭の気配が見えてくる。通りには学生たちが準備に走り回る姿が見え、校門の方からざわめきが聞こえてきた。
帝立ウェストウィルド学院高等学校の文化祭。
この日は、他校の生徒や一般の市民も遊びに来る。先日の私立ファルクリース学園文化祭同様、田舎町の数少ないイベントの一つだった。
生徒会長ジャレスの計らいで、パンフレットには『目玉は生演奏によるカラオケ喫茶』と大きく書かれている。今年の目玉だとわかるように、大きく宣伝しているのだ。
そのカラオケ喫茶というものが珍しいらしく、客はたくさん集まっていた。そのため、ラムリーザやクラスメイトたちは朝から大忙しだった。
「いらっしゃいませー。カラオケ喫茶、ドラゴンズヘヴンへようこそ! 長居しても大丈夫ですよ、時間だけは減りますけど。さて、おいしいお菓子はいかが? それとも、ラムリーズと一緒に歌ってみますかー?」
レルフィーナの元気のいい声が、喫茶店へと姿を変えた軽音楽部の部室に響き渡る。
クラスメイトは、客引きからホールでのお菓子の配膳など、役割分担していて休む間もなく動き回っていた。
「あ、チーズケーキが少なくなってきた。チーズケーキガブガブ買い出し班は出動よろしく! 余計なもの買ってもいいけど、言い訳もセットでね!」
接客の合間、レルフィーナは提供するお菓子の配分にも気を配っている。在庫が少なくなれば、すぐに買い出し班を出動させていた。買い出し班は二人組で五組ほど作っていて、必要になれば交代で近くのケーキ屋に走っている。
歌う者、休憩する者、お菓子を食べる者――客はいろいろだが、ほとんどは明らかにカラオケ目当てのようだった。
生演奏など初めてといった人も多く、ラムリーザたちは、ずっと部室内の簡易ステージで演奏を続けていた。
文化祭開始からそろそろ三時間になろうとしていたが、まだメンバーの演奏に乱れはない。
まず、ラムリーザとソニアの二人は、長時間の演奏に慣れていた。
去年などは、ジャンの店で一日丸々演奏を続けたこともあった。
ラムリーザに至っては、一日中叩き続ける体力をつけるために腕を鍛え続けてきた。ただ、鍛え過ぎたためか加減がわからず、レフトールに大怪我をさせてしまったこともあった。
一方ユコも、長時間演奏に慣れていた。
小さい頃からピアノをやっていて、一日に八時間近く練習したこともあったのだ。
リリスも、徹夜でギターを弾いて翌日授業中寝て過ごしたといったことがあるので、大丈夫だろう。
みんな若く、体力もあり余っていた。
生演奏のカラオケはやはり珍しく、客の入りはすこぶる良かった。この地方に住む人たちは、生演奏を目にすること自体、あまりなかったのだ。そういうこともあって、校内で一番客が入っているのはたぶんここだ。そう思えるくらいに、大盛況だった。

「おハロー、ソニアたん」
昼前、喫茶店のステージ脇で、メルティアのおどけた声が響いた。
その声を聞いてソニアは驚き、演奏が一瞬乱れる。
「なっ、なんでメルティアがここに? ヒュンナも……」
思わずベースギターを持ち上げて胸を隠す。ソニアにとって、メルティアは遠慮なく距離感ゼロでからかってくる厄介な相手だった。
「こら、演奏中に取り乱してよそ見しない。集中しろ」
注意したのはジャンだ。ナイトクラブの支配人の跡継ぎを目指すジャンは、従業員を動かすのに慣れているようだ。
「なっ、清らかさの低いジャンのくせに……」
ソニアは、後ろでドラムを叩いているラムリーザのほうを振り返って、困ったような顔をしてみせた。しかしラムリーザは、ジャンの言うとおりだ、と目で語り、ソニアに演奏を続けるよう促した。
ソニアはアヒルみたいに口を尖らせ、不満を隠しもしなかったが、演奏を止めてしまっているのは事実なので、仕方なく演奏を再開した。ただし、先ほどより数歩後ろに下がった。
『パン! パン! 朝食のパン! パン! パン! 昼食のパン! パン! パン! 夜食のパン!』
しかし、今ステージ上で勢いよく「パンの歌」を歌っているのはレルフィーナだった。予想通り、レルフィーナは業務の合間合間に自分で歌っていた。どれだけカラオケが好きなのだろうか。
ジャン、メルティア、ヒュンナの三人もカラオケ喫茶に入り浸り、メルティアとヒュンナは実際に歌うことになった。
メルティアがステージに上がると、ソニアはメルティアに背を向けて演奏する。
「壁際向いて何やっているんだ?」
ラムリーザの問いにソニアは、「メルティアは歌の最中絶対に胸触りに来る」などと答えた。
ラムリーザは、そんなわけないだろと思いながらも、演奏に支障が出ているわけじゃないので、好きにさせることにした。今日は別に演奏を見てもらってるわけではない。お客さんが楽しく歌ってくれれば、それでいいのだ。
メルティアがソニアに近づこうとしたとき、ソニアは「メルティアのアホ!」と叫んで威嚇して追い払うのだった。
今日のカラオケ喫茶の喧騒を録音したものがいたとしよう。すると、後で聞き返したとき、ざわめきの中に「メルティアのアホ!」と言っているような声が聞こえるだろう。それが空耳なのか本当の怒声なのかで意見が分かれたかどうかは、ラムリーザの知るところではない。
こうして午前の部では、客の入りも良く忙しすぎるといった具合で、充実した時間を過ごしていたのだった。
まだまだ文化祭は始まったばかり、一番目立った出し物を目指して頑張ろう。
ラムリーザは、そう思うと胸の奥が少しだけ熱くなる。
窓の外、空は高く澄み渡り、午後の光がグラウンドの屋台を鮮やかに照らし出している。
客が笑って、歌って、手を叩く。演奏しているこっちまで引っぱられて、気分が上向くのがわかる。帝都の流行りとは違う、辺境でしか鳴らせない音がある。
こういうのも、嫌いじゃない。むしろ好きだ。
ただ、問題は体力だ。今日はまだ午前で先は長い。腕が止まったらどうしよう、とか。ソニアがまた変な方向に乱れたらどうしよう、とか。ユコが疲れて指がもつれたらどうしよう、とか。リリスが平気な顔で無茶を始めたらどうしよう、とか。
心配の種はいくらでも出てくるのに、不思議と気持ちは前に出る。
