屋上リア充談義
帝国暦九十二年 紅炉の月・創世の日(現代暦:九月上旬)
「あたし、リア充になりたいなぁ」
新学期に入り、学校生活が再開した。まだ夏真っ盛りで暑いが、ここエルドラード帝国は比較的快適な気候に恵まれていた。
夏季には北に高気圧が発達しがちで、北から涼しい風が吹くことが多い。逆に冬季に入ると、南に高気圧が発生しやすく、南から暖かい風が吹くことが多かった。
こうした気候風土により、この国は夏は涼しく冬は暖かい、一年を通して暮らしやすい土地だった。
ラムリーザとソニアは、今日も涼むために校舎の屋上を訪れていた。
天文部に所属しているリゲルが屋上の鍵を持っていると分かってからは、こうして鍵を借りて屋上に行くことが多くなったのだ。
屋上では涼しい北風が吹いていて、ラムリーザとソニアは、その快適な空間を堪能していた。
そこに、冒頭のひと言だ。
二人並んで鉄柵に肘をつき、遠くを眺めていたとき、ソニアが突然つぶやいた。
「リア充?」
ラムリーザは聞き返した。あまりにも唐突なその台詞は、「また奇行か?」と思わせるのに十分だった。
「うん、リア充。周りの人に爆発しろと妬まれるぐらい、恵まれた環境にあるってこと」
「ふーん、爆発ね。そんな危険なものは、僕はゴメンだな」
「ラムはリア充って、嫌?」
「ソニアがリア充になったら爆発するんだろ? それは困る。だからならなくていいよ」
ラムリーザ自身は、以前ジャンから「リア充」という言葉を聞いていたので、それが何を意味するのか理解していた。確か「リア充爆発しろ」とか、そんな感じの物騒な言葉だったことは覚えている。
そういうわけで、ソニアがリア充になりたいという気持ちもわかっていた。ただ、どう見てもソニアはリア充だろ、という気がしていたので、まともに取り合わずに適当にボケ返していたのだ。
ただ一言、「君は十分リア充だろ」。それを言ったら負けだと、勝手に自分の中でルールを決め込んでいた。
「あーあ、リア充になって、青春を謳歌してみたいなぁ」
そんなことをつぶやくソニアは、今もラムリーザの右隣にくっつき、肩を抱き寄せられている。
これは、ソニアはリア充の意味を取り違えているということなのか。それともツッコミ待ちか?
ラムリーザ的にはどっちでもよかったが、あえてツッコミを入れずに話を進めてみた。
「それじゃあ、まずは恋人を作らないといけないね」
どちらかと言えば、これはボケにボケ返しの部類だろう。ソニアにとってラムリーザは何なのか、という根本を無視している。
「うん、あたしがリア充になるために、ラムも協力してね」
はてさて、これはどういうことだろうか。ソニアはどのような協力を期待しているのか。
ラムリーザの取るべき行動は、恋人探しに協力することなのか。それとも「協力」という名目で、自分が恋人になってやることなのか。
というより、今のラムリーザの立場は何なのだろう。夏休みに帰省したとき、ソニアから言われたように自分は「変人」なのだろうか、とか思っていた。
そう思いつつ、まだツッコミは入れずに話を進めてみることにした。
「協力してあげるから、ソニアの恋人にしたいタイプを教えてくれないかなぁ」

ちなみに、そのときの二人はべったりと引っつき、ラムリーザはソニアの右肩に、ソニアはラムリーザの左腰に手を回し、お互いの額をごっつんこしている。こんな状況でこの会話……爆発しろって言われる側だな、これは……。
「えーと、優しくてー、あたしが困っていたらすぐに助けてくれてー、一緒にゲームしてくれて、夜は一緒に寝てくれる人かな。あ、やっぱりお金持ちがいいね。それと、りんごを素手で握りつぶせる人」
「ソニアは高望みだな。そんな都合のいい男がすぐに見つかるとは思えないねぇ……って、りんごはどうでもいいような……。妙な趣味だな、怪力男がいいのか?」
「怪力男はジャンプキックで飛び込んで、あとはしゃがみパンチ連打――じゃなくて、ラムならきっと見つけてくれる」
「見つかるといいね。白馬に乗った王子様が」
「早く見つけてあたしをリア充にしてね」
「善処する」
「ラム!」
ソニアは突然叫んできた。ラムリーザを振りほどいて、一歩離れて睨みつけてくる。その顔は、不満でいっぱいだ。
ラムリーザは、面倒くさそうに「なんね?」とだけ答えた。ソニアの望むとおりに答えていたのだから、怒られる筋合いはない。
「いい加減に突っ込んでよ!」
やはりボケ続けていてツッコミを待っていたようだ。
ラムリーザは、それに対しては何も答えずに、大あくびをしてぼんやりと視線を遠くの景色に持っていった。
ラムリーザのそんな態度に、ソニアはますます声を張り上げて非難してくる。
「ラムはあたしの恋人って自覚はないの?!」
自覚も何も、告白したのはラムリーザのほうなのだけれど。そういうわけで、ラムリーザは今日は徹底的にずれた返事をすることにした。
「ん~、だって僕はいじわるだし、ソニアが困っていても放置するし、ハメキャラしか使わないソニアとは一緒にゲームしたくないし、夜は一人で寝るし、りんごを握りつぶすなんて野蛮なことできないし~」
「ラムの馬鹿! もう嫌い!」
「やったわ、ついに破局したのね」
そのとき、突然後ろからリリスの嬉しそうな声がした。
ラムリーザが振り返ると、ちょうど屋上への出口からリリスとユコが出てきたところだった。ちょうどやってきたところに、ソニアの怒声が聞こえたようだ。
ソニアは、二人の登場に気がつくと、すぐにラムリーザの傍に再びくっついてくる。リリスたちの前では、しっかりと恋人アピールしたいようだ。その顔には、誰が破局するものか、とでも言いたげな気持ちがにじみ出ている。
「ふー、やっぱり屋上は風が気持ちよくて涼しいですわねー」
ユコは、大きく伸びをしながら言った。
リリスとユコの二人が、ラムリーザのほうへ向かって歩き出したとき、一瞬だけ強い風が吹いて二人のスカートをふわりと持ち上げた。
吹き抜けた北風は、無慈悲に、そして鮮やかに二人のスカートを翻した。
リリスの黒髪に映える、闇を溶かしたような漆黒。ユコの神秘的な雰囲気を裏切るような、賑やかで可憐な花柄。
ラムリーザの視界に飛び込んできたのは、性格をそのまま布地にしたような、あまりに象徴的な二つの色彩だった。
「見た?」
リリスはスカートを押さえ、ラムリーザの目をじっと見つめて言った。
それに対してラムリーザは、あえてそっけなく答えた。
「何を?」
「何をって、んもう、知ってるくせに」
少しむっとしたように答えるリリス。だがラムリーザは表情を変えない。いや、ここで表情を変えたら負けなのだ。
「見たよ!」
突然叫んだのはソニアだ。
「下着に性格が表れるらしいって話は、本当みたいねー。リリスは腹黒で、ユコは脳内お花畑。ふんだ」
「なっ、なんですの?!」
ユコは怒り、リリスも反撃した。
「それじゃあソニアは、何も履いていないことになるわね」
「な、なんでよ!」
「何も考えていない、能天気爆乳娘、くすっ」
「うるさい! 根暗吸血鬼!」
ラムリーザはもう一度あくびをすると、ポッターズ・ブラフ地方と建設中の新開地の間にそびえるアンテロック山の山頂をのんびりと眺めていた。あの山の頂を利用して、何かイベントでもできないかな、とか思いながら。
その山頂付近は、いつも雲に覆われている。だが、山頂自体は雲から突き出ていてよく見えるという、不思議な光景なのである。
「交換日記やりましょう」
この日の放課後、ユコはカバンから一冊のノートを取り出しながら言った。そして、ノートのタイトルに「交換日記」と大きく書いた。
「交換日記?」
ソニアは不思議そうに尋ねる。日記は知っているが、交換するという概念はなかったのだ。
「一人ずつ交代で日記を書いていくのですわ」
「苦労せず人の日記が読めるなんて面白そう。あたしもやる」
「あなたの日記も読まれるんだけどね」
リリスはくすっと笑って、ユコが持っているノートを受け取った。しばらくぺらぺらと、何も書かれていないノートをめくっていたが、それをなぜかラムリーザの目の前に置いた。
「そういうわけで、ラムリーザからお願いね」
「ちょっと待て、君たち四人でやるんだろ? なぜ僕に渡す?」
「誰が四人でやるって言ったかしら? ここは『ラムリーズ』のリーダーであるあなたに先陣を切ってもらうわ」
勝手に巻き込むな……。ラムリーザはそう思ったが、一度受け取ったものを突き返すのも悪いと思い、素直にノートを鞄にしまった。
夜、下宿先の屋敷の自室にて。
ソニアは飽きもせずに、格闘ゲームをやり続けている。ぬいぐるみともクッションとも言えるココちゃんを放り出して、相変わらずハメキャラを使い、コンピュータ相手にハメ技ばかり繰り出している。

ラムリーザは、ソニアの座っているソファーの後方にあるテーブルに向かい、リリスから受け取った交換日記のノートを広げていた。
日記を書くのはそれほど難しいことではないが、これは回し読みされることを前提にした日記だ。そのため、あまり変なことは書けない。もっとも、「変なこと」の基準も曖昧なのだけれど……。
そこでラムリーザは、真面目に書くのもつまらないと思い、ネタに走ることにした。それこそ変なこととなるかもしれないが、気にしない。
――今日、新しいことがわかったんだ。どうやらソニアはリア充になりたいらしくて、恋人を探しているみたいなんだ。ソニアの要望では、金持ちで優しくて、困っているときに助けてくれて、一緒に添い寝してくれる男がいいらしい。さすがに僕はそこまで立派な男じゃないので、よかったらみんなで探してあげてくれないか。非リアなソニアを助けてやってくれ。ついでに僕も、ハメキャラを使わない恋人募集中――
これでよし、と。
そこまで書いて、ラムリーザはノートを閉じて鞄に戻した。
こんなことを書けば荒れるのはわかっていたが、真面目に書くのもめんどくさいし、あえて爆弾を投げ込むことにしたのだった。これで荒れて、交換日記そのものがなかったことになるのも、それはそれでいい。
竜王休み明けの朝、このノートが彼女たちの手に渡れば、間違いなくこの平和な日常は「爆発」するだろう。けれど、そんな騒がしい日常こそが、ソニアの言う「リア充」の正体なのかもしれない。
窓の隙間から、夜風が少しだけ入り込んできた。昼間の屋上と同じ匂いがして、ラムリーザは笑いそうになるのをこらえた。
そんなことを書かれているとは知らないソニアは、今夜もサイコ投げと宙二蹴りハメを駆使して、コンピュータをいたぶり続けているのだった。

前の話へ/目次に戻る/次の話へ