竜神テフラウィリス神殿を作ろう

 
 帝国暦九十二年 黄昏の月・王の日(現代暦:九月下旬)
 
 
 休日の朝は、いつもながらのんびりとした時間が流れている。

 前日は帝都へライブ活動のために遠征していたので、いつも以上にのんびりしたくなるものだ。

 ラムリーザはバルコニーに出て木造のデッキチェアに腰掛けてくつろぎ、ソニアは先ほどから携帯メールと格闘している。おそらく、またリリスとの罵り合いメールをやっているのだろう。

 つまり今回も、ラムリーザの携帯端末キュリオに届いたリリスからのメールが発端だ。リリスからのデートの誘いにソニアが噛み付いたところから、今日が始まった。

 

 そのとき、部屋の入り口をノックする音が聞こえた。

 ラムリーザが「はい」と答えると、外から使用人が「ラムリーザ様に電話です」と言った。

 ラムリーザは部屋を出て、屋敷に備え付けの固定電話へ向かいながら、誰だろうと考えた。

 リリスたちは携帯電話しか知らないはずだし、帝都のジャンにも、携帯電話の番号を教えてからはそちらを使用している。家族にも、夏休みに帰省したときに、「直接用事があるときは携帯に」と言ってある。だから固定電話にかけてくるはずがない。

 そういうわけで、親戚の屋敷の固定電話にラムリーザ宛ての用件が来ること自体が珍しい。

「はい、ラムリーザ・フォレスターです」

 相手がわからないので、真面目に対応した。相手がリゲルやジャンなら「こちら大魔神です」などとふざけて答えるし、ユコなら「こちらラムリーザではありません」などとキャラを作ってあげれば喜ぶところだ。一方、リリスとロザリーンには普通に対応しておくのが無難だと考えていた。

 電話の相手は神殿関係者だった。いわゆる帝国の宗教家だ。

 エルドラード帝国およびその周辺国の国教は、主に竜神テフラウィリスを崇めるものだった。

 それぞれの地域には最低一つは神殿があり、中には大きな祭壇と竜をかたどった彫像が置かれている。

 いまラムリーザが開発を始めようとしている新開地も例外ではなく、神殿を建てましょう、という話が舞い込んできたのだ。

 

 ここで、子どもでも知っている程度の国教の話に触れておこう。

 この世界は、竜神テフラウィリスの見ている夢だと語られている。また、昔はこの大地は竜神テフラウィリスの背中の上にあると信じられていた。だから、聖なる地として「竜背原」という言葉もある。

 宗教に熱心でもなく詳しくもないラムリーザが知っているのは、このぐらいだ。

 

 そういうわけで、国教関係者の話を無視するわけにはいかず、ラムリーザは快く返事をして、実際に会うことになった。

 話し合いの場所は新開地で、そこへ行くのは国境の川を見に行ったとき以来になる。

 今日は遊びに行くのではなく、きちんとした話し合いの場になるので、カジュアルな格好はふさわしくない。かといって、パーティでもないので正装で行くのもおかしい。

 こういうとき、服装に困ったら学校の制服で行けばいい。これだから学生のうちは楽だ。

 しかし問題が生じた。ソニアも行くと言い出したのだ。

 そうなると、ソニアの格好に困る。

 ラムリーザと同じように学校の制服を着せれば問題ない、というわけにはいかない。

 制服を着せるとブラウスのボタンが留まらず、胸元が大きくはだけてしまう。悪く言えば、扇情的だ。だからといって、パーティードレスで行くのも妙な話だ。

 かといって普段着で行かせると、際どいミニスカートしか持っていなくて、それも論外。もっとも、制服のスカートも短いのだが……。

 やはり留守番、というのをソニアは絶対に受け入れない。

 ラムリーザは、今後も公の場に連れ出さなければならない状況も増えると見越して、ここはやはり連れていくことにした。

 胸元は仕方がない。制服でこうなる以上、どうしようもない。

 だがソニアは、制服は嫌だと駄々をこねる。

 それに対してラムリーザは、ソニアに留守番か制服か、という究極の選択を迫り、しぶしぶ着替えさせることに成功した。それと同時に、ソニアの身体に合った服を仕立ててもらうのもありかな、と考えた。例えば胸元だけ別規格の特注制服を作る、とか……。

 とにかく、制服を着せておけば、ソニアの露出は最小限に抑えられることになる。

 そういうわけで、一時間後には二人とも制服に着替え、新開地の駅の傍にある倉庫の前に到着した。

 

 倉庫は夏休みの時点ですでに完成していて、一階は各種の保管庫、二階は会議室や談話室になっていた。

 そこで、ラムリーザたちは談話室の一つに案内され、神殿関係者と会うことになった。

 相手は年配の男性と、若い女性の二人だ。おそらく高位の司祭と竜巫女のまとめ役といったところだろう。

 その二人は、席に着いてラムリーザたちの顔を見るなり、視線が一瞬だけ泳いだ。やはりソニアの胸は見過ごせないか……。

 ソニアはその視線に気づいて、スッと腕を胸に当てて隠す。それでいい、今日はそうしていてくれたほうが助かるというものだ。

 そんな小さな間も挟みつつ、早速話し合いが始まった。挨拶は軽く済ませて本題に入る。

 まず、神殿は街中に造るか外れに造るかという話になったが、自然の中にある神殿のほうが趣がある、というラムリーザの意見が取り入れられ、山のふもと付近に造ることに決まった。

 場所さえ決まれば、建築や内装に関してラムリーザは口を挟まない。そういうことはいろいろと歴史の中で決まっているものだし、ラムリーザ自身、それほど興味はなかった。

 あとは契約書にサインするくらいで、特に問題はない。

 ラムリーザは、この地で暮らすことになる新しい屋敷を山中に建てることにしていたので、途中まで同じ道を進み、山に近づいたところで二手に分かれることにした。そして神殿が屋敷からそれほど遠くない場所にあってもいいかな、と思っていた。

 それから神殿の規模等について話をした。どのぐらい費用を出すかで、規模が変わるらしい。要は、帝国や領主からのお布施で成り立っているわけだ。

 話が一段落したところで、ラムリーザはふと思ったことを聞いてみた。

「そういえば、僕の母は呼ばなくてもいいのですか?」

「あなたの母、ソフィア様ですか? 実は先にソフィア様に伺ったのですが、将来はあなたが領主になるということで、こういうことから経験させておきなさいという話になったのですよ」

「そうですか。では、任されましょう」

「まぁ、神殿関係に関しては、出来上がっているルールに沿って話が進みますので、我々に任せておいてください。そんなに難しい話になることはないでしょう」

 竜神テフラウィリスに関しては国教である。任せたとしても、変な話にはならないだろう。最初の仕事としてはうってつけだ。

 神殿の建立は、街の基本であり、領地運営の基本だ。ラムリーザのような、神殿関係者以外がやることといえば、先ほど行った契約書のサインと、場所決めぐらいだ。

 費用に関しては、立派な神殿にしたいので、神殿関係者が望む範囲で用意することにした。たとえ破格の額になっても、常識の範囲内なら十分に賄える財力を持っていた。

 そういうわけで、その後は具体的な立地場所を決めるために、移動することになった。

 ラムリーザは、彼らの乗ってきた車に相乗りして、建設予定地となる場所まで向かうことにした。

 ラムリーザの住むことになる屋敷へ続く山道のふもとに向かい、神殿はそこから少しだけ離れた場所に造ることにした。街が発展していけば、この辺りまで開発されることになるだろう。

 神殿は、これから建設を始めれば、早ければ年内に、遅くとも年が明ける前には完成する。

 つまり今年の年越しを、新開地で迎えることも可能というわけだ。

 そういった未来を思い浮かべながら、ラムリーザとソニアは神殿関係者といったん別れて、建設中の屋敷のほうへと向かっていった。

 

 そういえば、今日の話し合いの途中、ソニアは口を挟まず、おとなしくしていた。

 突拍子もないことをする娘だが、一応は分別があったようだ。話がわからなかったのか、お飾りに徹していたのかはわからないが、今日の態度は合格点だ。

 屋敷はまだ建築途中だったので、屋敷前に造りかけている庭園で一休み。山から小さな川が流れていて、川のせせらぎが心地よい。

 ラムリーザは、川の傍らに腰を下ろした。するとソニアは、すぐに右脇に引っ付いた。

「ねぇ、さっきのおじさん、なんか高貴な感じがしたけど、やっぱり聖職者?」

 ソニアは、履いていたサイハイソックスをさりげなく足首までずり下ろしながら尋ねた。

「そうだね、偉い人だぞ。竜神司祭だ、礼儀正しくしようね」

「竜司祭かぁ、ドラゴンに変身しそう。そういえば竜巫女って神秘的で可愛いよね」

 竜巫女とは、竜神テフラウィリスに仕える巫女のことで、若い女性が選ばれてその大役を引き受けていた。

「ソニアも竜巫女をやってみる?」

「ん~……。でも、そういうのになるのって、やっぱり徳を極めないとなれないんでしょ?」

「徳って何だ?」

「えーと、優しさ、誠実さ、勇敢さ、献身、公平さ、名誉、清らかさ、謙虚さの八つだよ」

「ふーん」

 八つの徳などという話は、ラムリーザは聞いたことがなかった。もともと宗教に疎いところがあったので、仕方ないとは思いつつ、領主として少しは宗教について学ぶ必要があるのかな、とか考えていた。

「ラムは優しさの徳を極めているね」

 よくわからないが、ソニアがそう言うのならそうなのだろう。

「それならソニアは、勇敢さ?」

「あたしは戦士かぁ。あ、ラムは身分の割に偉ぶったりしないから、謙虚な羊飼いね」

 ラムリーザは、少しわけがわからなくなった。なぜ謙虚だと羊飼いなのだ?

「羊飼い? ひょっとしてゲームの話?」

「えーとね、ラムは詩人と羊飼いのどっちがいい?」

 詩人がどこから出てきたのかわからない。リリスが自分は詩人だ、とか言っていたような気がするが、あまりはっきりとは覚えていない。

 だが、ラムリーザは詩人という柄ではなかったので、羊飼いだと答えた。どっちかと言えば、羊でも飼いながらのんびりと過ごしたいものだ、などと考えるのだった。

「ソニアは、あとは誠実かぁ」

 ソニアは奇行に走りがちな妙な娘だが、ラムリーザの知る限り、嘘をついたことはなかった。しかし、ソニアはまた不思議なことを言う。

「魔法使いかぁ……それじゃあ、あたしは魔法戦士?」

 やはりゲームの話だろう。

 しかし、徳を極めるなどというご大層なゲームもあったものだ。何だろうか? ひょっとして聖者でも目指すのだろうか?

「あ、でもラムは、公平さなんて持たなくていいからね」

「なんでだ?」

 不公平を認めるのも妙な話だ。

「リリスたちなんかほっといて、あたしだけを大切にしてくれたらいいの」

「……まあ、それも一理あるが、友達としてないがしろにはできないよ」

「そんなにアバターリアになりたいの?」

「いや、ゲームの話をされても困るって。あーでも、人間としてその八つの徳に沿って生きるのも悪くないね。何ていうかな、清く正しく生きましょうってことか?」

「ふーん、アバターリアになるんだ」

「少しはゲームから離れなさい」

 そういうわけで、この日の午後は、のんびりと自然の中で過ごしたのであった。

 ちなみにソニアの話によると、アバターリアとは、ゲームに出てくる徳を極めし者だとか。
 

 
 夕方になった頃、再び山を下り、神殿関係者の二人と合流して、新開地の駅まで戻ってきた。

 そのとき、竜司祭はソニアの脚を、いぶかしむような目で見ていた。

 なぜだろうとラムリーザは思い、ソニアをじっくり見て、ようやく気がついた。

 制服の短いスカートから伸びる、健康的な生脚……。

 最初はサイハイソックスで露出が抑えられていたが、屋敷前の庭園でさりげなくずり下ろしていたことを、ラムリーザは完全に見落としていた。

「なんでもありません、気にしないでください」

 ラムリーザは、慌ててソニアと司祭の間に割って入って、ソニアを司祭の視界から消した。その後、駅で司祭と竜巫女の二人と別れた後、ラムリーザはソニアのむき出しの脚に軽くローキックを入れてやった。

 それにしても、竜の神様か。

 世界は夢だと言う。背の上にあるとも言う。

 どちらも、ラムリーザが子どもの頃には笑い話だった。けれど領地を預かる立場になると、笑って済ませていい話でもない気がしてくる。

 もしもこの世界が、竜神のまぶたの裏に浮かぶ夢なのだとしたら、目覚めた瞬間、僕らはどこへ落ちるのだろう。

 汽車での帰り道、ラムリーザは竜神について思いをめぐらせた。そして隣でまどろんでいるソニアに目をやった。

 それにしても、厳粛な席で、この娘はどうしてこう隙を見つけるのが上手いのか。やはり自分が手綱をしっかりと握っていなければならない。

 それでも、竜神殿が建つ場所は決まった。街の土台が、また一つ増えた。

 新開地開拓が、また一歩現実に近づいたような気がした。
 
 
 

 
 
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Posted by 桐代音若